160910_01

上州武尊山スカイビュー・ウルトラトレイルへ

今年最初にして最後のトレイルレースがやってくる。

上州武尊山スカイビュー・ウルトラトレイルだ。

トレイルレース自体は、昨年12月のTOKYO八峰マウンテントレイル以来だし、長距離となると約1年前のCCC以来となる。

ずいぶん走っていないんだなぁと思う。

それなのに、今回エントリーしているのは、120kmと謳いながら実際は130km近くあるカテゴリーだ。

今までは、目標とするレースに向けて「ホップ・ステップ・ジャンプ」と段階的参加するレースの距離を伸ばしたりして調整してきた。

でも、今回はいきなり助走なしで全力でジャンプしなくてはならない。それも過去最高のジャンプだ。

過去最高のジャンプ、助走なしで……ここまで書いてて「そりゃ無理だわ」と思った。

雨男なのだろう、週末の天気は崩れるという話もある。

 

頑張って頑張って「努力は裏切らない!」っていうエンディングは実に美しい。

ただ、今回はそうはいかない。今の私は奇跡を祈るほかない。

「絶対完走!」を願うから気が重くなるのだ。

練習をしていないのだから、高望みをしてはならない。

冷静になるのだ。

「行けるところまで楽しむ」くらいの軽い気持ちで臨むのがいいのだろう。

なんせ今年初めてなのだ、楽しむ気持ちを忘れてはならない。

さて。

160910_02

シューズはスポルティバの「アカシャ」を履くことにした。

160910_03

先日丹沢に行った時に履いてみたが、なかなか、いい感じ。

グリップに定評のあるスポルティバのシューズ、少しでも、安全に楽しめるようサポートしてくれることを願っている。

 

160810_05

シン・ゴジラ1号雛型(形状検討用)を見てきた

有楽町駅から歩いてすぐのところあるドコモラウンジ(東京・丸の内)に「シン・ゴジラ1号雛形」が展示されているというので、仕事の合間に見てきた。

160810_01

竹谷隆之さんの原型。かっこいい。めちゃくちゃかっこいいぞ。
一家に1個飾っておくべきクオリティ。

160810_02

映画だとじっくり味わうことができない、シンゴジラの構造、皮膚の感覚、不揃いの歯……そういったものがはっきりとわかります。

160810_03

展示スペースは空間の余裕がたっぷりあって、しかも平日のお昼だったからか人もまばら。ドコモラウンジにいたお客さんでシン・ゴジラにかぶりついていたのは私だけ。独り占め状態で、ぐるっと360度舐め回すように鑑賞してきた。

160810_04

立体物なので、映画で見て気になったパーツをこうしてじっくり味わうこともできる。例えば印書的だった尻尾もこんな具合に。

できるだけたくさんの人に見てほしいと思った素晴らしい展示だが、どうも12日までの短期公開とのこと。「山の日」もあるので、時間のある方はぜひ。

ドコモラウンジ

160306-01-4

鹿児島マラソン 2016

1月の「いぶすき菜の花マラソン」に続き、今月は初開催となる「鹿児島マラソン」に参加した。どちらも鹿児島県内のマラソンでわたしにとっては初めての参加となる。両方でも新鮮な気持ちで同時期に参加できたので、今後どちらにエントリーするか考えている人の判断材料にでもなれば幸いだ。
参考:菜の花マラソンのレポート

こちらが驚くほどの気合の入りよう

鹿児島に到着して驚いたのが、地元の気合の入りようだ。特にテレビ番組では様々な番組で本場前から鹿児島マラソンを取り上げていた。特に驚いたのが当日のテレビ放送を地元の2局が担当するという。東京マラソンでさえ日テレとフジが隔年で放送するが、同じ日に時間を変えて2つの局が中継するとは……。地方では当たり前なのだろうか。東京ではありえない充実した放送体制である。

160304-01

空港にて

「なるほどこれは相当盛り上がっているんだろうな」とお祭り気分で前日にゼッケンを受け取りに公園へ行ってみると……人がほとんどいない。

160305-01

ゼッケンの受け取りは驚くほどスムーズ(というか人がいない)

真昼の時間帯だというのに。公園のエキスポ(?)にはブースも人気あるが、ランナーはボチボチといったところ。盛り上がっているのか、いないのか心配になりながら当日を迎えた。

 都市型マラソンのトレース版

「菜の花マラソン」がローカル感満載の「おもてなしマラソン」だとすると、こちらは都市型マラソンのトレース版といったところ。前日のエントリー、エキスポ、早すぎるスタートブロックの閉鎖時間(1万人規模で厳密に行う必要があるのか?)、そしてテレビ中継と知ってる人には「あるある」なシステム。だけど地元の人にとってはそれが「新鮮」だったりもする。いろいろな大会に出ている人でタイムを気にしないのであれば「菜の花」の方が「新鮮」かもしれない。

160315-01-2

給水にはありませんでした

1回目なのでこなれていないのは仕方ない。荷物を預ける地下駐車場の入り口への案内不足、周辺のトイレ不足などがそれだ。こういった点は回を重ねるごとにドンドン改善していく。ただ、1回目から致命的な問題はスタートまで見受けられなかった。2時間前に来た私はのんびり、マイペースにいつもの大会のように準備することができたし、不満はなかった。

天気は曇りだがめちゃくちゃ暑いなかスタート

3月の鹿児島は暑い……。天気は曇りで「いい感じ」だったが、この日の予想最高気温は20度。マラソンなんかやってられるかという暑さである。着替えのさいに履いておいたタイツを脱ぎ、ゲイターに切り替えたが、スタート前に早くも邪魔になり、アームカバー共々「厄介なことになったな」と思いながらスタートを迎えた。スタートは開会式でゲストランナーの方々の挨拶が終わった途端、10秒前のカウントダウンが突然始まり、周りの人たちが慌ててGPSのスイッチを入れていた。なかなか斬新なスタートである。

ほぼ海沿いの、想像以上にハードな42km

コースは下の図の通り。

160306-01-6

鹿児島の市街地がスタート地点になっているが、そこを走るのはファンランの区間になっている9km強で、それ以外はほとんど海沿い。お祭り気分のマラソンを楽しむならファンランで充分だ。そこから先は、ひたすらストックな区間となっている。

実は「このコース、風向き次第では走りやすいのかも」と期待していた。
「何かおかしいぞ」と気付いたのは15kmくらいだろうか。そして20kmすぎからは思っていたよりもずっと早く訪れたつかれ具合に「ふ、フザケンナヨこれ」と苦笑いしてしまった。
というのも、このコース高低図が悪い。これを見てほしい。

160306-01-5

0メートルと20メートルの目盛りがめっちゃ細いから、18km〜32kmくらいまで25km前後を除けばほぼ平らに見える。ただ実際走ると全然違う全然平らじゃない。海沿いの平らな、湘南国際マラソンのようなコースを想像していたのだが、「全然違うじゃねーか」とやり場のない怒りが込み上がってきたぞ。

この「平ら」に見える海沿いの区間は

  • 細かいアップダウンの連続
  • アスファルトが粗い
  • バンク(傾斜)がきつい

のだ。アップダウンについては、説明はいらないだろう。アスファルトの荒さは、着地する場所がゴロゴロしているというか不安定というか、接地のさいに疲れそうな感じがするのだ。そしてだめ押しがカーブの傾斜。体が……傾いてしまう。左右綺麗な姿勢が維持されないので、それほど多くないがきつく感じられる。

これらはコース案内では伝わっていない箇所。当然地元の人たちは試走なりして感じ取っていたのかもしれないが、初開催ならではの「あけてびっくり玉手箱」てきなエッセンスを存分に味あわせてもらった。

そんなわけで私自身は30km過ぎくらいから「いつもの失速」が始まると踏んでいたが、25kmの時点で失速が始まっていた。それ以降は「こんなはずはない」「こんなはずはない」と漏らしながら、ヘロヘロ進む展開。

160306-01-3

写真で見るとゆるい傾斜の陸橋だが、これがラスボス。

橋を下って、市役所の脇を抜け路面電車の一本道に出る。そこですぐにゴールなのかと思いきや、ゴールらしきものが見えない。どこだ一体どこなんだと進んでいるとようやくゴールを案内する柱が見えてなんとかゴールした次第。

160306-01

これだと遠くからだとわかりづらいのでゲート型だと助かる。

思ってたよりもずっとキツくて笑ってしまった。菜の花ほどじゃないけど、期待していたのとはちょっと違ったね。そしてあと数秒で3時間40分を切れたという微妙すぎるタイムに再び苦笑い。ゴールのあとはメダルやタオル、バナナなどの記念品をいただき、着替えのあとには豚汁とおにぎりまでいただいた。特に豚汁は美味しかった。

私が走っているうちは終始曇っていて、それでも暑いという印象だったが、地下の駐車場から出ると綺麗な青空が見えてきて「これは気温と日差し的にもシャレにならないな」と思った。

160306-01-2

ゴール後、青空と桜島で最高な景色(だが暑い)

初開催なので細かい課題はあるのかもしれないが、全体的には滞りなく運営されていたし、地元の方々のあたたかい応援もあって楽しかった。初大会の東京の時、あるはずのバナナや給食がすっからかんになってた時の衝撃に比べたらどれもなんて事ない。県外からやってくる人にとっては桜島を見ながら走れるというのは、鹿児島ならではの魅力といえよう。これから回を重ねることに運営もランナーもお互いに高めあって行ける大会になるはずだ。

「鹿児島」か「菜の花」か

走る前は「タイムなら鹿児島、おもてなしなら菜の花」と思っていた。上で述べたようにタイムを出せるコースだと思っていたが、実際に走ってみると印象はずいぶん変わった。東京マラソンって走りやすい方なんだなぁと思ったくらいなので、タイムなら鹿児島とはいえなくなった。

そこで改めて考えて直してみると「お祭りなら鹿児島」と思うようになった。地元の人たちの知名度、テレビ放送、賑やかな応援、すべてがお祭りなのだ。マラソンの翌日、翌々日にもテレビで特別番組が放送されたというので、「テレビを見て走りたくなった」と思った地元の人たちも少なくないだろう。本当はキツい運動なのに「なんか楽しそう」な雰囲気にやられて、盛り上がって参加して、ヘロヘロになって……そうやって恒例のお祭りになっていくと、地元の人たちの新たな共有体験の場や、県外の参加者と鹿児島をつなぐ新たな機会になっていくはずだ。

もう少し経って、「こなれた頃」に参加するとずいぶんと印象が変わるかもしれない。そんなことを思った鹿児島マラソンだった。

160128_04

第35回いぶすき菜の花マラソン大会

16年最初のレースは九州、鹿児島

もうずいぶん日が経ってしまったが、今月10日に開催された「いぶすき菜の花マラソン」に参加してきた。昨年は様々なレースを走ったが、マラソンは2月の東京マラソン以来だ。

トレランだと半分以上歩く私だが、マラソンではゴールまで走り続けなければならない。当たり前のことだが、久しく走り続けていないとこれが精神的に辛く感じられる。おまけにこのマラソン、高低図を見るとアップダウンがハンパないではないか。

160128_01

トレランみたいな高低図

「マラソン=タイムアタック」になりがちだが、起伏に富んだコースを前にロクな練習もしていない私はタイムなど望むことができないことは明白だった。

かといってタイムを全く意識せずに走るのも味気ない。いくらタイムが望めないとしても、だ。そこでざっくり4時間は切りたいという最低限のルールだけをもって走ることにした。なので時計で細かくペースやタイムをチェックすることもしない。中間地点のタイムを見れば、展開が見えてくるだろう、そんなスタンスで臨んだ。

絶景をめぐる42キロ

160128_02

アップダウンについてはざっくりとイメージを入れて、いざスタート。上の図にある通り10kmまでは我慢だと思っていたが、5km手前のギザギザのような細かい起伏で心が折れる寸前に。そこをなんとかやり過ごし、10kmの長い登り坂を登りきったところから絶景タイムがスタートする。

マラソンで景色を楽しむことは、あまりないのだけれどこのコースは本当にバリエーション豊かで走っていて飽きがこない。大会の名前にある通りの菜の花の黄色い絨毯、その向こう側にそびえる開聞岳、池田湖だけではなく、終盤には海沿いを走る。よくぞここまで自然を盛り込んだなというコースで面白いのだ。

10km以降は下り基調になることもあり、ペースアップを図ったが中間地点のタイムは1時間50分、思ったよりも伸びていない。ここから終盤にかけて失速することも考えると、意外と厳しいと思った。次は30km地点でタイムを確認することに。

この大会は「おもてなし」が評判となっているが、想像を上回る私設エイドの数に驚く。カツオの料理があったりして、ここはゆっくり休むべきなんんじゃないかとコース中何度か悩んだ。写真を撮ったり、食べ物を楽しんだり、ファンランなら最高の大会だな。

スタート前にゲストの瀬古氏が「35kmすぎの心臓破りの坂」について述べていたが、高低図を見て私もここが肝だと思っていた。ここまでバテずに行くことができれば4時間を切れるはず。事前に25km走ったで30kmあたりから失速予定だったが、35kmまではなんとか気力が続いていた。海沿いで見晴らしが良く、遠くに登り坂が見える。小さい「点」が上に向かっているのもわかる。「ああ、あれを登るのね」

その坂はまっすぐ登り切るのかと思いきや、カーブで坂がさらに続くというトラップがあったものの、気持ちを切らすことなく走りきった(ペースは遅かったが)。

思い通りには行かず、残り3キロで大失速

ここを登り切れば坂を下って、平らなロードをゴールまで走っていくだけだ。4時間も切れそうだし、何の心配もない。あとはちょろ〜んといくだけだな、なんて思っていたがそう上手くいかないのがマラソンだった、私はそのことをすっかり忘れていた。

39キロ当たりの何の変哲もない、平らな一本道で急に体が動かなくなった。頑張ってどうにかなるものでもない。「ここで終わってしまったか」と同時に「よくここまで持ちこたえられたな」とも思った。ここからのわずか3キロがひどく長かった。気持ちはあるけど、前へ行けない心と体のバランスが崩れきったままゴール。ネットタイムで3時間46分。あの大失速がなければ45分は切れたのではないか。こう「たられば」を考えてしまうのもマラソンの楽しさなのだ。

160128_03

参加料5000円、驚異のおもてなし、対する鹿児島マラソンは??

最近のマラソンは参加料が1万円を超えるものが少なくない中、昔からあるこの大会は5000円と昔ながらの価格をキープしている。それだけでも見事だと思うのだが、参加賞の種類がハンパなくてゴール後に「こんなにもらって大丈夫なのか」と心配になった。

  1. 参加Tシャツ
  2. ゴール後にもらうバスタオル
  3. そば or うどん
  4. おにぎり
  5. おしるこ
  6. さつまいも(蒸してある)

フード類は食券を受付時にもらい、スタート前後好きな時に食べられる。
上記に加えてコース中に用意されている、私設エイドの数々だ。コースはきつい。タイムを望むのは難しいかもしれない。ただ、変化に富んだ美しい風景とエイドの食べ物や応援、そして参加賞とコストのバランスは素晴らしいに尽きる。

そんないぶすき菜の花マラソンのライバルとなりそうなのが、今年3月に初開催となる「鹿児島マラソン」だ。こちらの参加料は1万円と菜の花マラソンの倍。鹿児島市内を走るフラットなコースが特徴。

ハートフルな菜の花マラソンに対し、東京マラソン以降爆発的に増えた「今風」の鹿児島マラソンを鹿児島の人たちはどのように評価するのか、興味は尽きない。

ちなみに私も3月に参加する予定なので、菜の花との比較という点で感想をまとめてみたいと思う。

151223-01

TOKYO八峰マウンテントレイル 2015

2015年ラストレースは、初開催の都内のレースへ

8月のCCC以来となるレース。そして15年のラストレースは初開催の「TOKYO八峰マウンテントレイル」だ。都内の開催で34km程度のコース、朝は早いが日帰りで楽しむことができる。

この大会は「東京都が策定した「東京都自然公園利用ルール(平成27年3月)」に基づく象徴的な大会として実施し、この大会を通じてルールの啓発を行います」ということがうたわれていることから、ルールを守って楽しく走る大会だと解釈した、最近走っていない自分にはぴったりだ。

スタートは「上級」「中級」「初級」の3ブロックの中から自分に見合ったブロックを選ぶもの。「初級かな」と思ったが、少し強気に「中級」の後方についてスタートした。ちなみにスタートはバスの到着が遅れていたようで、15分遅れとなった。

スタート〜和田峠 ハセツネコースの美味しいところを楽しむ

トレイルランニングでは珍しい白バイの誘導の下レースはスタート。最初の4kmはロードをひたすら登っていく。途中のT字路で気がついた、これハセツネ30Kの登り坂じゃないかと。僕が出た去年の30Kはこの坂を下っていたが、今年は登ったと聞く。これがやはりきつい。ここを走りきらないと大変だなんて話を聞いたが早速歩く。歩いて、走る。これを繰り返し、ようやく渋滞に合流する。

151223-01-2

トンネルの脇からトレイルへ

渋滞の間に顔の汗をぬぐって上着を脱ぐ。水分を補給する。

ここからはハセツネのコースに合流、細かいギザギザのようなアップダウンを繰り返す峰見通りを抜けて市道山分岐を過ぎたら醍醐丸まで一気に進む。この細かい起伏が大嫌いで、ハセツネのコースは醍醐丸でいつも挫折するのだが、途中からコースへ合流するのか思ったよりもサクッと市道山の分岐についてしまう。そしてその頃には上の写真が嘘のように渋滞がなくなり、前も後ろも間が開いて誰にも邪魔されず気持ち良く走ることができた。

初めてトレイルランの大会に出た人はスタートのロードから醍醐丸までのここが一番きつかったんじゃないだろうか。最初にガツンをかましておく、そんなコースだ。

いつもはフラフラで「もう勘弁してくれ〜」となる醍醐丸にはあっさり到着してしまって拍子抜け。時計を見るとまだ11km程度。なるほど楽なはずだ。一番恐れいたゾーンを抜けたことで気を良くして最初の関門和田峠に到着。トイレの列に並び、さっと給水して出発。

151223-01-3

醍醐丸手前の上り。まさか醍醐丸がすぐにあるとはおもわずびっくり。

ここからは……走ろうと思えば走れるが、ハイカーさんにも気を配らなければならないゾーンだ。

和田峠〜小仏城山 マナーを守って快走

陣場山は巻いて、高尾山に向かって走るメジャールートに合流する。ここからは本当に走りやすく、すいすいと進んでいく。序盤の苦しさが嘘のようである。

ただ注意すべきはハイカーさんたちへのケアだ。高尾山方向に進むほど増えてくるので、立ち止まったり減速したりしてケアをする。前に走っていた人が手を上げてハイカーさんがいるので立ち止まるサインを出していたので、私も真似ることにした。

ハイカーさんのグループからは「頑張って」とたくさん声をかけていただいた。ロード区間でなくトレイルで応援を受けるのは嬉しい。

ピークを踏まず巻いていくので常に程よいスピードをキープしたまま小仏城山に到着。

ここはお水の他にお湯もあり、レモネードの粉末を溶かしてもらった。ジェルを一つ食べてさっと出発。

小仏城山〜ゴール 未知のコースは走らされるノコギリゾーン

ここからは初めて走るコースで、楽しみにしていた箇所。トレーニングでも使えるんじゃないかなと思っていたのだ。一度城山の頂上に戻るような形をとってから、一気に大垂水峠へ下っていく。一度歩道橋を渡ってトレイルへ。そこからが終盤のキモなのかな。

細かい登りと下りを繰り返すんだけど、意外と合間に走れるところがあって気が休まらない。ああこれは走れるんじゃなくて「走らされているんだな」ということに気がつく。

途中にある最終関門では饅頭(?)を一ついただき、出発。少し雨が気になってきたのでジャケットを羽織る(雨はまたすぐ弱くなったんだけど)。

下り基調のコースであることに変わりはないんだけど、アップダウンのせいでそれほど下っているという実感はない。休めないから足は動き続けていて、困ったものだなぁと思いながら進む。

「間も無く閉会式を始めます」
という声が下の方から聞こえる。ゴールが近い。ラスト1kmあたりから急に抜かされることが多くなり、気がつくと前も後ろも人が見えない。

線路脇の長いストレートに下りて、ゴールまで単独走となった。GPSは35.5kmでタイムは5時間30分台。

151223-01-4

ゴールは京王高尾山口駅側の公園で、最近できた駅の温泉のクーポンもついていた。ゴール後早速温泉を満喫。

距離的に初めてトレイルランニングの大会に出たという人も多かったのかもしれない。今回のコースは大会以外でも気軽に利用出来るコースだし、今度は単独で走ってみようかななんて思った。久しぶりのレースでよかったなと思ったのは、「怠けない」ということ。一人だとどうしても歩いてしまうような場所も、レースだと走れる。周りの人たちに引っ張られる形で。意思の弱い自分にとっては結果としてこれがいいトレーニングになるんだなと思った次第。

15年は9つのレースに出た。マラソンが2つ、ウルトラが3つ、トレイルが4つ。

来年は数を絞り込むが、こうして楽しめるといいなぁと願っている。

151206-01-4

ありがとうマリノスタウンOPEN DAY 

151206-01

さよならイベントで感じる時の流れ

今シーズンを持って取り壊しとなるマリノスのクラブハウス兼練習施設「マリノスタウン」。シーズンを終え、最後にサポーターに向けた施設開放イベントが開催されたのでイベント終盤に参加してみた。

当たり前のようにあった練習施設だが、これがなくなるとなると寂しいものがある。
施設が出来た当初、完全なお布施的な意味合いの強かったネームプレートで自分の名前を探してみたが、あまりの昔のことすぎてなかなか見つけることができない。何度かスタンドを回ってやっと見つけることができた。さようなら、の別れである。

プレートには2006年10月とある。あれから9年と少しが経過したのだ。
プレートと一緒に写真を撮るもの、誰かの名前を下の写真のように携帯のカメラで収める人、連れ添ってきた人にこのプレートの説明をする人もいた。そうだ、最近のサポーターはこのプレートの経緯を知らないのだろう。

151206-01-2

ずっと残るといわれたステンレス製のプレートも施設とともに姿を消す

時の流れを感じずにはいられない。当初この施設が出来た時は「年間チケット」と「プレート」はほぼセット買いのような雰囲気だった。ある時を境にパッと販売の止まってしまった板。今までこの板をしつこく継続販売していたらどうなっていただろうか。いや、どうにもなっていなかったか。

岡田・左伴ビジョンの完全消失

マリノスタウンの中でも象徴的な建造物が「岡田坂」と呼ばれている人工的なスロープだ。その名の通り、かつてマリノスの監督をしていた岡田氏が走り込みをするために考案した坂道だと思うのだが、選手が熱心にトレーニングに活用していることは最後まで見たことがなかった。主に練習試合などを俯瞰するのに使われていた「台」である。

151206-01-3 151206-01-5

実際に登ってみるとそれなりに傾斜はあるが、距離は短いのでトレイルランニングの登りのトレーニングには不向きだろうな、下手に下り坂で走ると膝を壊す原因になりそうだな、といった的外れな感想しか思い浮かばなかかった。

そうだ、この坂で思い出した。もともとは当時監督をしていた岡田氏と当時マリノスの社長だった左伴氏(現・清水エスパルス社長)の2人が中心となって考案されたビジョンを具現化するための施設がマリノスタウンだったはずだ。コアとなった二人がいなくなり、一方施設は残った。そして今回最終的に施設をなくした方が経営面でプラスに働くと判断されたのだ。こうした大きな施設がクラブの根っこの思想を表すものになってほしかったが、トップが変われば会社も変わることもある。これも熟考を重ねた上での経営判断なのだろう。

嘉悦社長は前に「F・マリノスのサッカーとはどういうサッカーをシティフットボールグループのフォーマットをもとに深く考えている」といったような発言をしていたが、岡田氏と左伴氏が考えていたであろう方向性とは違うビジョンを(今更感はあるが)模索し、具現化しようとしている。

では嘉悦社長の後は新たな社長がやってきて、再び新ビジョンを作成するのだろうか。トップが変わるごとに方向性が変わっていてはフィロソフィーは生まれないという不安が残る。……まぁそこはシティフットボールグループに委ねられるといったところだろうか。

151206-01-6

マリノスタウンの天然芝の上を初めて歩いた。ふかふかした素晴らしい、よくメンテナンスされた芝生だ。この生きた芝生も処分されてしまうのだろうか。練習施設の高いコストには代えられないのだ、この素晴らしい芝生。もったいない。

151206-01-7

抽選で当選された方は貴重なクラブハウス見学が出来たそうだ。私がクラブハウスに入ったのは、松田選手の戦力外報道がメディア先行で漏れた時に会議室で説明を聞いた、あれっきりだ。

素晴らしい施設は素晴らしい結果をもたらしたのか

マリノスタウンは完成当時国内クラブ屈指の施設として大きく報じられた。練習施設の他に室内にはトレーニングルームやプールなども充実しているという。ではこの「素晴らしい施設」が出来てからマリノスはどのような成果をおさめてきただろうか。

パッと思いつくのは、天皇杯の優勝だけだ。天皇杯で優勝した年は最終節で優勝を取りこぼしてしまった。結局のところマリノスのユニフォームの胸にある「星」はマリノスタウン前と変わらず3つのままだ。だからと言ってクラブハウス不要の根拠をチームの成績に当ててしまうのは乱暴だと思う。特に補強面においては、外国人の補強など成績に直結する改善点はこのクラブにはたくさんある。こうして施設の終わりを見学してみて晴れ晴れしくお別れするのではなく、結局「優勝できずに終わったんだなぁ」という残念な気持ちが残ったことが残念だ。

151206-01-8

マリノスタウンの思い出

マリノスタウンの思い出……と言われて真っ先に思い浮かぶのは悲しい思い出だ。
2011年8月4日、松田選手がなくなったその日、どういう風に仕事をして帰ってきたのかは全然覚えていない。ただ覚えているのがその日のマリノスタウンでの記憶だ。

夜、仕事を終えて、家に帰る前にマリノスタウンの前を通る。すると誰もいないはずの真っ暗なスタンドに人影のようなものが見える。よく見るとスタンドの入り口が開いていて、階段を登ってみるとスタンドにマリノスのサポーターであろう(真っ暗で見えない)人たちがポツン、ポツンと座っている。すすり泣きする声が聞こえてくる。きっといてもたってもいられなくて、きっとここにやってきた人たちなのだ。

まだ現実を受け入れることのできなかった私は、灯りひとつない真っ暗なスタンドに腰掛け、真っ暗なピッチを見つめる。どれだけの時間が経ったのか、クラブの職員さんが「もう時間だから」といってスタンドを閉めるまでそこから動くことができなかった。

本当は優勝を喜んだりしたハッピーな思い出があればよかったのかもしないが、あの暗くて静かで悲しいスタンドとグラウドの風景が強烈な思い出となっている。

で、来年はどうなるの

施設がなくなり、日産スタジアム周辺のグラウンドを使って練習するといった案内はあったが、具体的なリリースはその後一切出ていない。何かを作っているという話も聞かない。それなりにうまくいくんだろうけど、将来の話がモヤモヤしているところがもどかしい。このモヤモヤを抱えたまま年を越していくのだろうか。

何はともあれさようならマリノスタウンである。

151128-01

晩秋の丹沢へ

11月も終わろうという頃、久しぶりに山へ足を運ぶことができた。

場所は丹沢。渋沢駅から大倉へ向かうバスは朝からいっぱいだ。

151128-01-2

大倉のバス停からまずは鍋割山へ向かう。鍋割山から大倉へ下ったことはあったが、登るのは初めて。林道区間は気持ち良くジョグしていたが、本格的な登りが始まってからはあまりにキツく、早速心が折れてしまった

151128-01-3

ほとんど眠らずに見る朝日は異様に眩しい。キラキラ光っているのは海だ。

サングラスを持ってくるべきだったな……と眩しい光にクラクラしていると、やっとの事で頂上へ到着。鍋割山といえば「鍋焼きうどん」が有名だけど、この日はスルー。残念な時間帯の訪問となってしまった。

151128-01-4

来年またうどんを食べに来よう!

鍋割山から塔ノ岳までは細かなアップダウンを繰り返しながら進んで行く。ハイカーも少なく、下り基調では心おきなく走ることができた、と言ってもジョグ程度のまったりとしたペースなのだが。

151128-01-5

塔ノ岳から向かうは丹沢山。太陽が昇ってっくると霜が溶けてトレイルがぬかるんでくる。この日はHOKAのSpeedgoatを履いていたので、スリップすることはなかったが、霜の溶けた冬のトレイルが苦手という人もなかにはいるかもしれない。

151128-01-7

ここで一旦休憩、丹沢山の山小屋でカルピスウォーターを飲む。うまい。トレランのときはコーラが鉄板だけど、カルピスもいいじゃないか。カルピスをエイドで提供してくれるレースってあるのかな。

151128-01-6

これまでいくつか写真をアップしてきたけど、この日は本当に空が綺麗で、海も富士山も澄んだ空気の中で際立って見えるものだから本当に気持ちが良かった。

151128-01-8

丹沢山から塔ノ岳に戻るとお昼手前くらいで富士山に向かって腰掛けて食事をしている人がいっぱい。気持ちいいだろうなぁ。私もコンビニで菓子パンをお昼用に用意していたのだが、朝から空腹で行きの電車で食べてしまうという失態をしてしまったのだ。仕方なく富士山を見ながらジェルをいただく……高揚感はない。こういうところでお湯を沸かしてカップラーメンを食べている人たちが実に羨ましい。地上で食べればただのカップ麺もここではご馳走になる。

151128-01-9

夜勤明けで寝ずに丹沢に来たのでさすがにお昼になると眠くなってきた。意識が覚醒しているうちに下山を決意。帰りは大倉尾根を下っていく。まだ少しだけ、紅葉が残っていた。

25kmくらいの短いトレランだったが、久しぶりの山はとても気持ちが良かった。年を重ねるごとに自然が好きになっているのを実感する。これが老いなのだろうか。

次、丹沢に行くのはいつだろうか、来年だろうな。

そうだ。今日から12月。あっという間に年末である。。

151031-01-9

ハセツネ(の応援)に行ってきた

日本山岳耐久レース(24時間以内)長谷川恒男カップ、いわゆる「ハセツネ」と呼ばれている大会がある。国内トレイルレースの先駆け的な大会だ。

昨年は私初参加し、見事に玉砕(こちらをどうぞ)。
私にとっては「あの遅刻さえなければ……」など悔いばかりが残り、黒歴史的な位置づけで絶対にリベンジしなければいけない大会と心に決めている。その「ハセツネ」だが、今年は訳あって不参加となった。

せっかくの休日だが、ゆっくりすればいいものをハセツネが近づにつれて胸がドキドキしてきてしまい、当日気がついたら15km地点の醍醐丸にいた。

151031-01-8

醍醐丸まで急ぐ。和田峠からいけば手っ取り早かったんじゃないかと気づいたのは市道山の分岐手前だった。

トップ選手が到着するまでに醍醐丸につかなくては……と思っていたのだが、あろうことかレースのスタート前に到着してしまった。このまま浅間峠まで行っても間に合ったような気がしたが、ここから先に進む力は残っていなかった(おいおい)

まずは汗だくの服を着替える。シャツもキャプリーン4も着る。化繊のインサレーションも重ね着し、最後にウィンドシェルを羽織る。

寒い。

おかしい、着替えが全然効かない。

寒くて震えるくらいに寒い。

体を動かしている時は汗が止まらず日程の後ろ倒しの影響を感じなかったが、動きを止めた途端これだ。もう着替えは持っていない。仕方なく小刻みに震えながらおにぎりを食べる。ダウンを持ってくるべきだったと後悔。

トップ選手がやってくるのは、スタートから1時間半を過ぎた14時半。果たして私はそこまで持ちこたえることができるのか。携帯の電波もロクに繋がらない。本も持ってきていない。そして何よりも寒い。こうしてもうひとつの耐久レースが始まった。

一人ではとてもじゃないが耐えれる状況ではなかった。正直トレーニングをしたということですぐに下山しようと思った。そんな中、幸いなことにスタッフの方達や私のように応援に来ていた方たちと雑談をしたり、無線から入ってくる途中経過の様子を聞いて寒さを意識から切り離すことで持ちこたえることができた。本当にありがたかった。

私が来たときはほぼゼロだった応援の人も14時を過ぎた頃にはだいぶ集まり、賑やかになってきた。寒いもん、このくらいの到着が正解だったな。

市道山分岐にいたスタッフから選手通過の無線が届いたところから緊張感が走る。

14時半、予定の時刻。まだ来ない。坂の下を覗きこむ。選手は見えない。

それからどれくらい待っただろうか。
「来たぞー!」という声が遠くから聞こえた。覗きこむと確かに人が近づいているのが見える。

そしていよいよはっきりと選手たちを捉えることができた。

151031-01

ん??????

151031-01-2

多いぞ。まだ15kmトップ選手たちは様子見といったところなのか。3人くらいのグループでやってくるのものだと思っていたが、5人以上の集団。これでは上位選手のゼッケンを記録し、選手と特定するのは大変だ。

醍醐丸に到着すると選手たちが一斉に駆け抜けていく。そして山の中とは思えない賑やかな歓声に包まれる。

151031-01-3

先頭集団は笑顔や手を振って答えるくらい余裕たっぷりだった。

私も声を出し、手を叩き、家から持ってきた鐘を鳴らす。するとさっきまでガクガク震えてきた体が温まってきた。

151031-01-4

トップの下りは速い。ボトムズの私はレースで見る機会がないので貴重だった。

トップ集団通過後も次々と絶えることなく選手たちがやってくる。みんな顔が生き生きしている。さっきまでの体調不良が嘘のように元気になっていく。ハイタッチを通じて選手たちから元気をもらったようだ。

男子のトップが通過してしばらく経って女子トップが到着。

151031-01-6

女子は集団ではなくて、すでに差が開いているようだった。

「男子のトップ集団、女子のトップ3を見たらそろそろ帰ってもいいかな」と思っていた。寒いし、日没時間も気がかりだった。暗く前に安全に帰りたかった。

だが次々とやってくる選手を見ると「もう少し見てみたい」という気持ちが出てきた。だってみんないい顔してるんだよ。多分ここまで細かいアップダウンが多いし、結構きつい区間だと思うが、本当にいい顔してるんだ。応援したくなる顔なんだよ。多分走ってる選手はそんな自分の顔つきとかわからないと思うけど、自分が思っている以上に生き生きしているよ。

どれくらいの選手が通過しただろうか。気がつけば2時間半が経過。16時半。さすがにこれ以上いると暗くなりそうだと判断し残念だったが応援を終えることにした。

和田峠のスタッフの方々には本当にお世話になりました。ボランティアの活動はここの作業を終えた後も最後の撤収まで続くという。選手以上に長丁場の仕事だ。頭が下がります。

151031-01-5

醍醐丸を離れると少しずつ応援の声援が遠くなり、完全な静寂に包まれる。
こっちが現実の世界だ。

151031-01-7

和田峠へ抜けるルートではなく和田バス停への道を初めて通ってみた。緩やかで走りやすいシングルトラックが続いて気持ちよかった。

今度は選手としてハセツネに。去年のリベンジしなきゃって思いがフツフツと湧き上がってきた10月の終わりだった。

151017-01-8

エアジョーダンの記念イベント、MUSEUM 23 TOKYOへ行ってきた

エアジョーダンシリーズを始めとするナイキのジョーダンブランド30周年を記念し東京都現代美術館で開催された「MUSEUM 23 TOKYO」へ行ってきた。

151017-01-5

展示自体はシンプルなものだったが、日が暮れた閉館間際の時間だったのでゆったり見ることができた。事前のweb予約が必要だったが、当日その場で申し込めば入場できるようだった。

ファンにはたまらん展示、ファッションとしてのジョーダン。

エアジョーダンシリーズのスニーカーは、歴代のシリーズが一列に。ショップなどとは違い、ショーケースに並んで収められているので一つひとつの作品性が味わえる展示となった。

151020-01-3 151020-01-2 151020-01-4 151017-01-6

天井を見上げるとそこには、MJのポスターが。懐かしいデザインだ。

151017-01-7

151020-01-5

美術館の中にはバスケットコートが。ボールも貸し出されていたので遊ぶこともできる。私はボッチだったので大人しくスルー。ボール拾いでもすればよかっただろうか。

151020-01-6

ジョーダンの緊張感が再現されるアトラクション

今回の展示の目玉はこれ。この建物の中で繰り広げられた「LAST SHOT」。151020-01-7

シカゴブルズ2度目のNBA3連覇を決めた1998年NBAファイルのユタジャズとの試合で放ったジョーダン現役最後のシュートを再現できる。

まずはこの動画を見てほしい。

試合終盤で1,2点差の緊張感溢れる「ミスの許されない」局面。ジョーダンはフリースローを2本とも決めるが、ジャズはストックトンの3ポイントで3点差に引き離す。次のブルズのターンでジョーダンはレイアップを決めて再び1点差に迫る。まだジャズが有利。だが、次のジャズの攻撃の場面でジョーダンは相手からスティールして自らボールを奪い、ドリブルで突進。残り時間5秒で放ったジャンプショットはジョーダン現役最後のシュートとなり、ブルズが1点差でジャズを破り優勝を決めたシュートともなった。

今回はこれに挑戦できる。試合が始まると真っ白だった壁(ビジョン)が突然満員のアリーナに変身。臨場感溢れる中でプレーヤーはラストショットまで5秒を切ったところからボールを持ってスタート。相手ディフェンスがつく中、床のスクリーンに映し出された進路に沿ってドリブルし、シュートを放つ。

私が申し込んだ時はすでに満員だったので参加できなかったのでしばらく見学していた。
「バスケ経験者です」「さっきまでバスケの練習をしてきました」と言った「やってくれそうな人たち」も、このたった一度しかチャンスの与えられないワンプレーを決めることがなかなかできない。

一人当たり10秒も満たないアトラクションだが、立派なエンターテイメントとなる。

これを書くにあたって上のラストショットのビデオを見直して、思わず「Yes!」と声を上げてしまった。ブルズで3連覇を果たした後に引退、野球の道へ進み、再び復帰、そしてブルズを2度目の3連覇に導き、引退。3連覇することの難しさ、そして引退期間を挟みながら、それをもう一度やってしまう難しさ。こんな選手、2度と会えないだろうな。

151020-01

トレイルランナー・山本健一 書籍出版&レース入賞記念トークライブ・サイン会

湘南T-SITEで開催された山本健一さんの「書籍出版&レース入賞記念トークライブ・サイン会」へ行ってきた。先日出版された書籍「トレイルランナー ヤマケンは笑う」はすでに読んでいたが、今回はちょうどUTMBと同時期に同じフランスで開催された「レシャップベル」(144km、累積標高1万900m)で2位になった話が中心のようだったので興味津々だった。

(書籍は絶賛発売中なので読んでみてください、爽快感全開の1冊です)

トークは今回レシャップベルに同行したフォトグラファーの廣田勇介さんとの対談形式で振り返る内容。スライドには廣田さんが撮影した写真が映し出されて、それに沿って振り返る。参加者はきになるところで勝手に挙手して質問するスタイル。

151017-01

めっちゃ綺麗なブルー、こんなところを走るなんて。

参加者が関心を持っていた一つがヤマケンさんの「食」について。上の著書に書いてあるのだが、ヤマケンさんは酒、カフェインは一切取らなくなった。できれば白砂糖も取りたくないそうなのだが、これは色々な料理に含まれているので完璧には無理だそうだ。元々お酒は大好きだそうだが、最初の2つは絶っているという。アルコールやカフェインはそれ自体が感情を支配する作用がある。ヤマケンさんが掲げて取り組んでいる「野生の走り」を「自分の思いままにコントロールする」という取り組みには、「何かに支配される」ということは大きな障害になる……確かそんなことを話していた。ただこれが本当に正解なのかはわからない、手探りで「実験している」との事だった。

100km走って野生モードに

この「野生の走り」はこのレシャップベルの話でも再び出てくる。最初は「ノルウェーの大会」だと聞いて参加することを決めたそうだが、実はフランスだったというレシャップベル。100マイルならまだしも、144kmで累積標高が1万メートルを超えるというコースは最もキツく、そしてこれまで走った中で一番美しい風景だったと話していた。

151017-01-4

いつもはエイドで待ってくれているサポートクルー(チームヤマケン)と話をするのが楽しみでエイドに入るというが、今回はあまりの辛さに上の写真のようにエイドで倒れこんでしまったという。本のタイトルにある、彼のスタイルでもある「ヤマケンは笑う」とはいかなかったわけだ。非常に厳しい状況でレース中に何度も眠ったという。

そして100kmを過ぎてようやく「野生の走り」がやってきたという。野生の走りは、レース中に一度しかやってこない。またコースをロストしたり、ちょっとしたきっかけで終わってしまうという。確変とでもいうか、アスリートのいう「ゾーンに入る」というニュアンスに近いのか、無敵状態になるのだろう。対談相手の廣田さん曰く、野生モードに入ってからはエイドに戻ってくると声や肌ツヤが違ったとか。このスーパーな状態をできるだけ長く、自分の出したい時に発揮するために取り組んでいるのが「実験」だという。

いやぁ、この話が面白いのだ。「もうダメだ」というところから、驚異的な復活を遂げてゴールまで突っ走っていく。まるでスーパーヒーローのようじゃないか。ウルトラトレイルのアスリートの状態は科学的にどれほど研究されているのかわからないが、まだまだ人間の未知の領域、もしくは遠い昔に人間が忘れてしまった何かがそこにはあるような気がした。

151017-01-3

来年発売予定のヤマケンモデルのザック。ザイゴスをベースにストックの収納など山本さんの要望・意見が反映されて改良されているっぽい

海外の大会はいつも誰かが勧めてくれた大会を「それよさそうだね」と決めているそう。自分からは選ばないそうだ。来年の予定はまだ決まっていないとのこと。「また誰かが勧めてくれたやつに出ます」みたいなことを話してくれた。

あまりに話が膨らんで、レシャップベルの話はかなりハイペースで話して終わってしまったが、あっという間の時間で自分含めて参加者の人たちは充実した時間を過ごせたのではないだろうか。山本さんは世界のトップレベルで上位に入るトレイルランナーだが、普段は山梨県の高校教師だ。なかなか関東に住む私が話を聞く機会もなく、こうして書籍の出版を通じて機会を得ることができたのは大変嬉しかった。

「Harder and more Beautiful」 L’ECHAPPEEBELLE:華麗なる脱出 from RIGHTUP Inc. on Vimeo.

今回の山本さんのレシャップベルの映像が上のリンク先にあります。美しく、厳しいレース、支える仲間たちの30分強のドラマ。これ無料で公開していいのでしょうか。必見です。