日別アーカイブ: 2015年9月14日

CCC / UTMB 2015 その5

ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(Ultra-Trail du Mont-Blanc® / UTMB)の後半101kmを走るCCCというレースに参加してきました。これから数回にわたって、レースのことや現地シャモニーでのことなどを振り返りたいと思う。今回は5回目。
前回はこちらから

Profil-CCC-2015

 

峠を越えてイタリアからスイスへ

Arnuva(27km)のエイドを抜けると、いよいよ難所グラン・コル・フェレ(Grand Col Ferret、2537m)への挑戦がはじまる。川を渡ったところからフェレ峠への長い長い登りがはじまる。4.5kmで770mほどの登り。書いてしまうと「そんなものか」といった感じなのだが、登ってみるとなかなか終わりが見えない。木々がないため先を行く人々の列が遠くまで見えて遥かかなたで途切れている。あまり先を見ると気が滅入るので目の前だけを見て淡々と進む。

途中で休憩している人たちも多いが、エイドで休んだのがよかったのかゆったりとしたペースであれば歩き続けることができた。周りの人たちも自分と同じペースを刻み続けており、抜かされることもない。周りを見て休憩をとるか悩んだが、このまま峠までいってそこで一息つくこととした。

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写真奥に見える川がArnuvaのエイドのあとに渡った川。かなり登るぞ。

Grand Col Ferretには2時間弱で到着。単に遅いだけかもしれないが、長かった。
ここが確かイタリアとスイスの国境だったはずだ。国境がどこだかわかれば昔のテレビ番組「あいのり」のように、せーのでジャンプして「スイス~!」とか叫ぶのを一人でやろうと思っていたが、バーコードの「ピッ」というチェックだけで終わってしまいどこが国境なのかわからなかった。

呼吸の乱れ、手足のしびれ、危機に直面

ここまで登り続けたのでさすがに疲れてしまった。周りには腰掛けている人、横になっている人なども多い。景色もすばらしく休憩するには贅沢すぎる場所だ。「それでは私も一休みしますかな」と横になった。

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この直後、体調に異変が出てきた。

横になってすぐ呼吸が乱れてきた。ゼーハー、ゼーハー。なぜ休んだのに具合が悪くなるのか、予期せぬ事態に戸惑っていると今度は手足がしびれてきた
なんだこれは!!! 富士山に登ってもこんなことなどなかった。高山病ではないだろう。ではいったい何なのか……。
寝そべるというよりは、うずくまるような体制でいると「Are you OK?」とスタッフが体を揺すりながら声をかけてきた。「オーケー、大丈夫」と答えたものの、なかなか起き上がれない。
ここで「ダメだ」とスタッフに告げたらレースは終わってしまう。ここにとどまっていたら立ち上がれなくなる気がした。低い場所まで行けばなんとかなる……に違いない、いやそうあってほしい。
なんとか立ち上がり、一歩ずつゆっくり下っていくことに。

ここから次のエイド、ラ・フーリ(La Fouly、42km)までは10kmに及ぶ長い下り坂の区間。自分のイメージでは足を使い切らないように気をつけながらも軽やかに下っていくイメージだったのだが、現実はまっすぐ歩くこともままらず、左右にフラフラしながら朦朧と進むのが精いっぱい。「この区間は抜けるだろうな」なんて思い描いていたのが恥ずかしい。抜かれる一方である。そして、スタッフだけでなくランナーにも「大丈夫か?」と心配されてしまう。情けない。
でもせめてシャンペ湖まではがんばりたいのだ。まだあきらめたくはない。

3kmほど進んだところからようやく走れるようになってきた。体がずいぶん楽になってきたのがわかる。原因はこのときまだわからなかったが、走ったり歩いたりしながら体調の峠は越えたと確信できた。
長い下り坂を下りきると再び川沿いの道に戻る。川を抜けるとやっと街に到着した。
そこからラ・フーリまでのロードはゆっくり歩くことにした。苦しい状況に打ちのめされたあと人々の温かい応援や人工的な街並みを見て心からホッとした。

150828-01-20のコピー

地元の子供達はゼッケンに書かれた名前を読み上げて応援してくれる、弱った身になるとこういうのに弱くなる

ラ・フーリには関門時間のちょうど1時間前に到着。フェレ峠でくたばっていたことを考えればよく挽回できたと思う。僕にとっては濃厚すぎる42kmだった。

CCCは街並みだけでなくトレイルでもハイカーの方たちの応援がすごい。「アレアレー!」とたくさん応援してくれる。参加者のゼッケンにはそれぞれ国旗がプリントされているので、選手間でも応援する人でも人目でどの国の人かわかる。ヨーロッパの人たちへの応援は「アレ!アレー!」であっても、僕が通ると「オオ!ジャポネ!アレーアレー!」と手を振ってくれることが多く、異国の地で一人の身には本当に励みになった。

これまでジェルばかりの補給だったが、ラ・フーリでは暖かいスープとオレンジをいただくことにした。オレンジはおいしくて10切れは食べたと思う。スープは普段飲むとしょっぱいくらいの塩気だったが、これが今はちょうどよく感じられた。外はまだ明るいものの19時を過ぎている。次のエイドに着く前に真っ暗になる。このエイドでヘッドライトを付け、念のためウィンドシェルを羽織って19時35分に外に出た。

シャンペの罠

次のエイドがシャンペ湖(Chanpex-Lac,56km)。コース最大のエイドだ。ラ・フーリの街を出たあともしばらくは下り基調の道がつづく。

道の途中で会った日本の方に、フェレ峠でダウンした話をしたら「しびれなどは熱中症ではないか」というアドバイスをいただいた。湿度が低いので日本のようにドバーっと汗を流すことがないので脱水を意識していなかった。自分が思っている以上に水分を出していて補給がたりていないのだろう。塩熱サプリを用意しておくべきだった。こんなに暑いとは思ってもいなかったのだ。

この区間は一番走りやすく楽しかった。トレイルを抜けると小さな街に入り、家の前には私設エイドがある。そこでお水やジュースをいただき駆け抜けていく。フェレのときの違和感は完全になくなっていた。

途中で見覚えのある場所があった。立ち止まって写真を撮る。

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走ってるときは気にならなかったけど、こうして写真でみるとなかなかスリリングな崖だ。

ここだ。間違いない。DVD「激走モンブラン!」で鏑木毅さんが前を走るスコット・ジュレクを見つけた場所だ。そこを少し進むと追い抜いたと思われる場所にもさしかかる。あのDVDがUTMBのきっかけだっただけに感慨もひとしおだった。

「シャンペ湖までの登りがけっこうきつい」というのは聞いていた。高低図を見ると400m程度で他の登りと比べるとたいしたことないように感じられるのだが、それはワナだという。登ってみるとその意味がわかる。きつい登りではないが、森のなかなので終わりが見えない。これまで先が見えすぎる登りで滅入ってしまったが、先が見えないのもストレスになる。なんて身勝手なのだろう、私は。ヘッドライトの明かりに頼りながら、当初最低限の目標としていた56km、Chanpex-Lacには関門時間50分前に到着した。

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ここは(私には関係ないが)家族らのサポートを受けることもできる、CCCではコース最大のエイド。テントも大きく、フードの種類も豊富だ。ペンネのようなものもあったが、私は引き続きスープとオレンジのみをいただく。その他の補給は手持ちのジェルだ。

ここで終えてもいい……

当初最低限の目標としていたシャンペ湖はクリアできた。だが……ここからのコース後半にそびえる3つのピークを果たして乗り越えられるだろうか。時間の貯金もない。達成感は十分ある。次の関門をクリアできるかどうかはわからない。
ただ体力はある。それなら関門にストップといわれるまでは前へ行こう。いけるところまで行こうじゃないか。

そう決めてから再びオレンジを5切れ口に放り込み、夜に備えて長袖に着替えてエイドを出た。エイドが混雑していて席を探すのに時間がかかったり、着替えたりしていたので、時間がないと焦っているくせに25分も休んでしまった。これで貯金はほとんど無くなっていた。

つづく