日別アーカイブ: 2015年9月16日

CCC / UTMB 2015 その6

ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(Ultra-Trail du Mont-Blanc® / UTMB)の後半101kmを走るCCCというレースに参加してきました。これから数回にわたって、レースのことや現地シャモニーでのことなどを振り返りたいと思う。今回は5回目。
前回はこちらから

レース後半に待ち受ける3つのピーク

シャンペ湖を抜けるといよいよコースのクライマックス、3連続ピークに差し掛かる。ラスボス3兄弟といったところか。CCCは56km走ってから「キタタン」に入るイメージだけど、UTMBの場合は120km走ってからのキタタンだ。かなり恐ろしい。

こういうときはあまり先のことは考えない。次の関門までのことだけを考えて進む。関門をクリアできたらその先について思いを巡らせればいいのだ。

シャンペ湖を出発したときにはほとんど貯金がなくなってしまった。次の関門トリアン(Trient,72km)までは17kmエイドまでの区間はコース最長。すぐに登りに取りかかれば少しは楽なのに、ご丁寧に一度川沿いに下りきってから山登りがはじまる。上を見上げると木々の隙間からヘッドライトの光が溢れでている。
「あんな先まで登るのか……」この日何度心の中でつぶやいたことだろう。

レースも後半に差し掛かると、完全に前後のグループは固定されており、補給の差などで若干前後するが前にいた人、集団と一緒に進む展開になる。初めの頃は英語にも気を配っていたが、段々どうでもよくなってきて日本語で「すんませ〜ん」とか言いながら進むことも増えてきた。

森を抜け、森林がなくなりピークが近づいてきた。草むらにしゃがみ込んでジェルを飲んでいると視界に星空が飛び込んでくる。その美しさに息を飲む。関門時間まで急がねばならない私には「あれがデネブ、アルタイル、ベガ……」などと夏の大三角を探す余裕はない。少し時間だったがレースのことを忘れてしまう素敵な時間だった。

遠くからはカウベルの「カラ〜ン、コロ〜ん」という脱力感を含んだ音が聞こえてくるが、残念ながらチェックポイントではなくただの牛がいるだけだ。眠っているのだろうか、コース脇で座り込んでいる牛もいれば、立っているのもいる。

長い登りのきつい区間だったが、ナイトハイクを満喫したこともあって、思っていたよりもずいぶんと気楽にトリアンに到着した。トレイルを下りながら見た、トリアンの街は、中心に教会があってそれを囲むように住居が並ぶ。山を下るとそんな街にたどり着く、ドラクエみたいな世界だ。

「これがラストトライになりそうだ」という覚悟で臨んだトリアンへの道。結果としては関門50分前に到着した。ラスボスはあと2つ。この調子ならいけるかもしれないという確かな手ごたえをつかんだ。

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大音量で音楽が流れる、賑やかなエイドだ。

異変

復活の手ごたえを大切にしたい、行けるときこそ攻めるべきだ。できるだけ短時間でエイドから出よう。一度に1つしか食べないジェルを2つ流し込み、オレンジを食べて席から立ち上がった。

出口に向かって歩き始めたところで、補給したジェルとオレンジが逆流した
慌てて立ち止まり、吐き出すまいと口に両手を当てる。なんとか飲みこみ吐き出すことは防いだものの、再び訪れた予期せぬ事態に動揺は隠せない。気分が急に悪くなり、再び椅子に座り込む。ジェル2個食いが悪かったか……。落ち着け落ち着け、絶対に回復するからと自らに言い聞かせる。

短時間での出発作戦はあえなく失敗し、トリアンには30分も滞在してしまった。フラフラ登っていたのだろう、「大丈夫か」と選手に声をかけられながら次のエイド、ヴァロシーヌ(Vallorcine,83km)を目指す。

この区間は11km。トリアンまでの17kmに比べたら気持ちは楽で、GPSの標高表示を眺めながらゆっくり登っていった。少しすると胃の具合もだいぶ落ち着いたようでいつもの調子を取り戻していた。

山の頂上になると木々が無くなり、限りなく満月に近い月のあかりが遠くの稜線までも浮かび上がらせる。頂上付近のフラット気味な箇所も走ることはなく、淡々と歩いて下りに差し掛かった。

外国人は登りはめちゃくちゃ早い。その一方、下り、特に夜間の下りは不慣れな人が多いのか度々渋滞とは言わないが狭いトレイルが詰まってしまう。トリアンまでの下りでもたついていた人たちをパスしたのだが、体調不良で遅れてしまい、私の前に再び彼らがトレイルを詰まらせている。「すみませ〜ん」とつぶやきながらパスする。

83kmのヴァロシーヌには関門時間の45分前に到着。悪くない。ラスボス3兄弟もいよいよ次がラスト。ラスボスのなかのラスボスに挑む。最後のピーク、ベンツ峠(La Tete aux Vents,標高2130m)まで900m程度の登る。それを越えればあとはシャモニーまで下っていくだけだ。吐き気に気を配りながらゆっくりジェルを飲み込み、オレンジを10切れ口に含む。関門時間30分前、ゴールに向かって歩き始めた。

ラスボスに打ちのめされる

線路沿いの緩やかな登りを進んでいくと「まさかあれを登るんじゃないだろうな?」というゴツゴツした岩場だらけの壁が見えてくる。
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考えたくもなかったが、やはりこれを登るらしい。朝になった途端、見るのは壁。相当堪える。あれこれ見えるのも困ったものだな。

ラスボスを迎えるにあたって、不安材料があった。GPS付きの時計のバッテリーが切れたのだ。スントのAmbit2の標高表示を目安に「100m登った!」「あと半分!」と自分を励ましながらやりくりしていたが、それができなくなった。自分がどのあたりにいるのかわからい不安のせいか、足はどんどん重くなる。数歩進んでは立ち止まる。その度に後続の人に道を譲る。日本人の方もけっこういた。しばらくすると、後ろの人はまばらに見えるだけになってしまった。

このラスボスの恐ろしいところは「登りきった!」と思っても、チェックポイントが一向に現れない。ベンツ峠にはチェックポイントがあるはずなのだが、それがない。おかしいな。どうなっているのだろう。ひょっとするとチェックポイントは何かの都合でなくなったのかもしれない。これまでもそういうところがあったのだ。ということは、次にあるのは最後のエイド、ラ・フレジェール(La FLEGRE , 93km)ということになる。そんなことをボーッと考えながら歩いていた。もう走ることはできなくい。アタマがボーっとしていて補給をするなんてことも思いつかない。ただ歩くことしかできなくなっていた。完全にやられていたんだと思う。

しばらく進むと、バーコードチェッカーをもったおじさんがいた。ここがラ・フレジェールか。関門時間は10:30。時計をみると9時半前。フラフラしていたわりにずいぶん余裕ができた。これでゴールを完全に捉えたと確信した。

12キロおじさんの怪

この日も青空で日を遮るものが何もない。冷たい飲み物が飲みたい。ところがあたりにはエイドらしきものがない。「ウォーターはないのか?」と聞くとおじさんが「12キロメーター」というではないか?「ト、トゥエルブキロメーター?マジか?そりゃクレイジーだな」(おそらく原文ママ)とほとんど日本語で返して8km先のシャモニーまでトボトボ歩く。

時間を見ると10時。あの12キロのおっさんのところもあと30分で閉められてしまうんだなと他人事のように思っていたときだった。猛スピードで僕を追い越すランナーがいた。なんだあれは。そしてすぐさま今度は2人が駆け抜けていく。

この道は遠くまでよく見える道だが、これまでは足元ばかりをみてフラフラ歩いていた。ふと先を見てみると、遠くに何かが見える。あれは……テントではないか

いや、おかしいぞ。あの12キロおじさんが最後のエイド・フレジェールだろう。だとしたらあのテントみたいなところはなんだ???

もう一度時間をみる。午前10時過ぎ。さっき走っていったランナー。遠くにうっすらと見えるテントらしきもの…………ボーっとしていたアタマが少しずつ働き出してやっとわかった。あの遠くに見えるテントがフレジェールのエイドで、関門時間まで残り30分を切っていたのだ。要するにあの12キロおじさんはベンツ峠のチェックをしていただけだったのだ。おそらく12kmというのは、シャモニーまでの距離だ。

上の図のventsをFlegreと勘違いしていたわけだ。

フラフラ歩いていたことで、突然ピンチに陥ってしまった。このまま歩いていたら、10時半の関門には間に合わない。93km、ラスト10kmを切った地点でリタイアになってしまう。アタマが真っ白になった。ここからフレジェールのエイドまでの記憶はブツ切れになっていて、エイド手前の上り坂でスタッフの人に、もう大丈夫だと背中を押してもらったところまで覚えていない。頭に巻いていたBuffがなくなっていたことに気がついたのはエイドについてからだ。

最終エイド、ラ・フレジェールには関門時間10分前に到着残り8km12時までにシャモニーにつけば大丈夫だと説明を受ける。この関門をクリアーしても、最終ゴール時間に間に合わなければ完走にはならない。時間がない。急いでオレンジを食べ、コーラを飲む。ボトルの水を入れ替える。自分の体をよくみると、ウエストにライトをつけたままだった。それを外していると、隣の外国人に笑われた。こっちの人は腰にライトをつけないのだろうか。

ラ・フレジェールを出たのはちょうど10時半だった。エイドを振り返るが、私の後にテントから出てくる人がいない。
「……最後尾か」
長かったCCC、最後のセクションがいよいよはじまった。

シャモニーへ

90分で8km。コースはほとんど下り坂。元気であればなんともない距離だが今は違う。少しの傾斜でも、前腿がビリビリと痛み走ることもままらない。
「走ったら気持ちがいいだろうな」と思いながら、ゆっくり進むことしかできない自分のもどかしさよ。

「フィニッシュタイムはトゥエルブオクロックなんだよな?」と前にいた外国人男女ペアに話しかけた。さっきの区間で大きな誤解をしていたために、確認しておきたかったのだ。女性は英語がわからないらしく(私の言葉が日本語混ざりのハチャメチャなのが悪い)男性がこうこたえた「12時15分だ」……え?耳を疑った。「トゥエルブ・フィフティーンなの?」「サービスタイム

サービスタイム?そんなの聞いていないぞ。人によってサービスがあったりなかったりするものなのか?12時15分なら多少余裕が出るかもしれない、と思いながら2人を追い越す。

11時になった。だいぶ標高を下げたはずだが、街はまだまだ小さい。残り1時間、焦らないわけがない。でも走ることもほとんどできない。レース前日に訪れたフローリアに到着すれば、ゴールまでのイメージがつかめるのだが……。

フローリア、フローリアはまだか……とつぶやいていると「サービスタイム」の男女ペアが猛烈な勢いで追い越していった。明らかに焦っているようだった。さっきはなかったアルゼンチンの小さい国旗をザックにつけていた。あの野郎……サービスタイムなどないのだ、12時までにゴールしなければならないのだ。覚悟をきめて僅かだがペースアップする。

フローリアに到着したとき、時計を見たかどうかわからない。このまま走ればゴールできそうだというかすかな安心感があったことは覚えている。あと3km程度だ。このトレイルを抜けてロードに出れば、そこはシャモニーだ。

シャモニーの街に出たとき、すでに残り時間20分強だった。「これなら大丈夫」と思っていたが、ゴールとは反対方向に進むことになっており、動揺する。受付の体育館のある川沿いの道を歩く。街の人たちが「ブラボー!」と声をかけてくれる。いや、ちょっと待ってくれ。歩いているけど、俺はまだギリギリでゴールできるかわからないんだ。子供たちがハイタッチをしようと手を伸ばす。彼らに近づきたいけど、その時間的余裕もない。腕を彼らのほうに精一杯伸ばし、かろうじてタッチする。

12時に間に合うことを確信したのは「スーパーU」というスーパーマーケットのある通りに戻ってきたときだ。11時45分を過ぎていた。もう、大丈夫だ。

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よく見ると右上に日の丸がかけてある!

遅いゴールということもあって、たくさんの人から「ブラボー」と声をかけられる。これまでの人生でこんなに「ブラボー」と言われたことがあっただろうか。私はメルシーを連呼することしかできない、メルシーおじさんだ。

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人がたくさんなのだ

フィニッシュゲートが見えてきた。あそこに達すれば長かった101kmの旅が終わる。本当はハイタッチとかしながらゴールしたかったのに、気が付いたら走っていた。ここを走る体力は残していたんだなぁ。

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ゴール、やっと終わった。長かった。時間は11時50分を過ぎていた。ここまでギリギリのゴールはレースで初めてだった。確か制限時間は26時間半と聞いていたが、記録は26時間40分台。とりあえずフィニッシュ扱いになったから、いいんだよな???

ゴールをして、上の写真にいるMCの人とハイタッチ。MCの人は名前を読み上げてくれる。僕はいつものクセでゴールに一礼し、ゲートを去ろうとした。もうフラフラなのだ。

そのときだ。

「ちょっとお前待て待て」みたいなことをMCがいう。何か忘れ物でもしたのか。
「ジャパニーズ・アリガトウ・スタイルをもう1回やろう」みたいなことをいうではないか?「アリガトウ・スタイル?」お辞儀のことか。
いつものクセでしかないんだけど、こういうのは外国人にウケるのだろうか、今度はMCと2人でお辞儀。応援の人たちも拍手してくれたので、これでよかったのだと思う。これが異文化交流ってやつか。

ゴール後、倒れる

MCの人から離れてゴールの裏手に回ると、同じツアー参加者でとうの前にCCCをゴールした方たちが待っていてくれた。帰って来たぞ、という気がして本当にありがたかった。お礼をいって、UTMBのトップ選手がゴールするまでホテルに戻って寝ると伝えて歩きだした直後、建物の日陰で倒れた。

自分でも何が起きたのかわからないが、全身の力が抜けて立っていられなくなった。日陰が気持ちよさそうで、倒れ込んでしまった。それを見て慌てたツアー参加者の夫妻が水を持ってきてくださったり、濡れたタオルをくださったりして助けてくれた。まさかゴール後にこんなことになるとは。30分くらい起き上がることができなかった。たぶんこれ、熱中症だ。

ホテルに戻り、シャワーを浴びてUTMBのトップ選手ゴールまでの少しの間ベッドで眠ることにした。目をさますとすでに日は沈んでおり(トップ選手ゴール後)、私は裸で部屋の床に転がっていた。

完走者のもらえるフィニッシャーズベストを着て街に出た。UTMBを走り終えた早い人たちがゴールしている。街はにぎやかだ。
レストランのテラス席に座って、飲みたかったビールと、レース中は食べるのを控えていたチーズ料理を中心とした3品のコースをオーダーした。

オニオングラタンスープは完食できたものの、レース中から欲していたビール、そのとのチキンのグラタン?(またグラタン?)は半分くらいしか口に入れることができなかった。胃腸がボロボロみたいだ。

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デザートのパンナコッタも半分だけでした

ホテルまでの道、両手をジーパンのポケットに入れて、全身を左右に振るようにゆっさゆっさと歩いていると、肩をたたかれた。白人のグループで「おまえこいつと同じ歩き方してんな」みたいなことをいって、グループの一人を指さして笑った。その人もCCCのベストを着て、両手をポケットに突っ込んでいた。おお、同士よ!と握手をした。

夢のように楽しく、美しく、ハードな2日間だった。
本当にゴールできたのか不安だったが、このベストもあるし、間違いないのだろう。さっき眠ったばかりなのに部屋に戻るとあっという間に眠りについてしまった。
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つづく