日別アーカイブ: 2015年11月2日

ハセツネ(の応援)に行ってきた

日本山岳耐久レース(24時間以内)長谷川恒男カップ、いわゆる「ハセツネ」と呼ばれている大会がある。国内トレイルレースの先駆け的な大会だ。

昨年は私初参加し、見事に玉砕(こちらをどうぞ)。
私にとっては「あの遅刻さえなければ……」など悔いばかりが残り、黒歴史的な位置づけで絶対にリベンジしなければいけない大会と心に決めている。その「ハセツネ」だが、今年は訳あって不参加となった。

せっかくの休日だが、ゆっくりすればいいものをハセツネが近づにつれて胸がドキドキしてきてしまい、当日気がついたら15km地点の醍醐丸にいた。

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醍醐丸まで急ぐ。和田峠からいけば手っ取り早かったんじゃないかと気づいたのは市道山の分岐手前だった。

トップ選手が到着するまでに醍醐丸につかなくては……と思っていたのだが、あろうことかレースのスタート前に到着してしまった。このまま浅間峠まで行っても間に合ったような気がしたが、ここから先に進む力は残っていなかった(おいおい)

まずは汗だくの服を着替える。シャツもキャプリーン4も着る。化繊のインサレーションも重ね着し、最後にウィンドシェルを羽織る。

寒い。

おかしい、着替えが全然効かない。

寒くて震えるくらいに寒い。

体を動かしている時は汗が止まらず日程の後ろ倒しの影響を感じなかったが、動きを止めた途端これだ。もう着替えは持っていない。仕方なく小刻みに震えながらおにぎりを食べる。ダウンを持ってくるべきだったと後悔。

トップ選手がやってくるのは、スタートから1時間半を過ぎた14時半。果たして私はそこまで持ちこたえることができるのか。携帯の電波もロクに繋がらない。本も持ってきていない。そして何よりも寒い。こうしてもうひとつの耐久レースが始まった。

一人ではとてもじゃないが耐えれる状況ではなかった。正直トレーニングをしたということですぐに下山しようと思った。そんな中、幸いなことにスタッフの方達や私のように応援に来ていた方たちと雑談をしたり、無線から入ってくる途中経過の様子を聞いて寒さを意識から切り離すことで持ちこたえることができた。本当にありがたかった。

私が来たときはほぼゼロだった応援の人も14時を過ぎた頃にはだいぶ集まり、賑やかになってきた。寒いもん、このくらいの到着が正解だったな。

市道山分岐にいたスタッフから選手通過の無線が届いたところから緊張感が走る。

14時半、予定の時刻。まだ来ない。坂の下を覗きこむ。選手は見えない。

それからどれくらい待っただろうか。
「来たぞー!」という声が遠くから聞こえた。覗きこむと確かに人が近づいているのが見える。

そしていよいよはっきりと選手たちを捉えることができた。

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ん??????

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多いぞ。まだ15kmトップ選手たちは様子見といったところなのか。3人くらいのグループでやってくるのものだと思っていたが、5人以上の集団。これでは上位選手のゼッケンを記録し、選手と特定するのは大変だ。

醍醐丸に到着すると選手たちが一斉に駆け抜けていく。そして山の中とは思えない賑やかな歓声に包まれる。

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先頭集団は笑顔や手を振って答えるくらい余裕たっぷりだった。

私も声を出し、手を叩き、家から持ってきた鐘を鳴らす。するとさっきまでガクガク震えてきた体が温まってきた。

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トップの下りは速い。ボトムズの私はレースで見る機会がないので貴重だった。

トップ集団通過後も次々と絶えることなく選手たちがやってくる。みんな顔が生き生きしている。さっきまでの体調不良が嘘のように元気になっていく。ハイタッチを通じて選手たちから元気をもらったようだ。

男子のトップが通過してしばらく経って女子トップが到着。

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女子は集団ではなくて、すでに差が開いているようだった。

「男子のトップ集団、女子のトップ3を見たらそろそろ帰ってもいいかな」と思っていた。寒いし、日没時間も気がかりだった。暗く前に安全に帰りたかった。

だが次々とやってくる選手を見ると「もう少し見てみたい」という気持ちが出てきた。だってみんないい顔してるんだよ。多分ここまで細かいアップダウンが多いし、結構きつい区間だと思うが、本当にいい顔してるんだ。応援したくなる顔なんだよ。多分走ってる選手はそんな自分の顔つきとかわからないと思うけど、自分が思っている以上に生き生きしているよ。

どれくらいの選手が通過しただろうか。気がつけば2時間半が経過。16時半。さすがにこれ以上いると暗くなりそうだと判断し残念だったが応援を終えることにした。

和田峠のスタッフの方々には本当にお世話になりました。ボランティアの活動はここの作業を終えた後も最後の撤収まで続くという。選手以上に長丁場の仕事だ。頭が下がります。

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醍醐丸を離れると少しずつ応援の声援が遠くなり、完全な静寂に包まれる。
こっちが現実の世界だ。

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和田峠へ抜けるルートではなく和田バス停への道を初めて通ってみた。緩やかで走りやすいシングルトラックが続いて気持ちよかった。

今度は選手としてハセツネに。去年のリベンジしなきゃって思いがフツフツと湧き上がってきた10月の終わりだった。