月別アーカイブ: 2015年12月

TOKYO八峰マウンテントレイル 2015

2015年ラストレースは、初開催の都内のレースへ

8月のCCC以来となるレース。そして15年のラストレースは初開催の「TOKYO八峰マウンテントレイル」だ。都内の開催で34km程度のコース、朝は早いが日帰りで楽しむことができる。

この大会は「東京都が策定した「東京都自然公園利用ルール(平成27年3月)」に基づく象徴的な大会として実施し、この大会を通じてルールの啓発を行います」ということがうたわれていることから、ルールを守って楽しく走る大会だと解釈した、最近走っていない自分にはぴったりだ。

スタートは「上級」「中級」「初級」の3ブロックの中から自分に見合ったブロックを選ぶもの。「初級かな」と思ったが、少し強気に「中級」の後方についてスタートした。ちなみにスタートはバスの到着が遅れていたようで、15分遅れとなった。

スタート〜和田峠 ハセツネコースの美味しいところを楽しむ

トレイルランニングでは珍しい白バイの誘導の下レースはスタート。最初の4kmはロードをひたすら登っていく。途中のT字路で気がついた、これハセツネ30Kの登り坂じゃないかと。僕が出た去年の30Kはこの坂を下っていたが、今年は登ったと聞く。これがやはりきつい。ここを走りきらないと大変だなんて話を聞いたが早速歩く。歩いて、走る。これを繰り返し、ようやく渋滞に合流する。

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トンネルの脇からトレイルへ

渋滞の間に顔の汗をぬぐって上着を脱ぐ。水分を補給する。

ここからはハセツネのコースに合流、細かいギザギザのようなアップダウンを繰り返す峰見通りを抜けて市道山分岐を過ぎたら醍醐丸まで一気に進む。この細かい起伏が大嫌いで、ハセツネのコースは醍醐丸でいつも挫折するのだが、途中からコースへ合流するのか思ったよりもサクッと市道山の分岐についてしまう。そしてその頃には上の写真が嘘のように渋滞がなくなり、前も後ろも間が開いて誰にも邪魔されず気持ち良く走ることができた。

初めてトレイルランの大会に出た人はスタートのロードから醍醐丸までのここが一番きつかったんじゃないだろうか。最初にガツンをかましておく、そんなコースだ。

いつもはフラフラで「もう勘弁してくれ〜」となる醍醐丸にはあっさり到着してしまって拍子抜け。時計を見るとまだ11km程度。なるほど楽なはずだ。一番恐れいたゾーンを抜けたことで気を良くして最初の関門和田峠に到着。トイレの列に並び、さっと給水して出発。

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醍醐丸手前の上り。まさか醍醐丸がすぐにあるとはおもわずびっくり。

ここからは……走ろうと思えば走れるが、ハイカーさんにも気を配らなければならないゾーンだ。

和田峠〜小仏城山 マナーを守って快走

陣場山は巻いて、高尾山に向かって走るメジャールートに合流する。ここからは本当に走りやすく、すいすいと進んでいく。序盤の苦しさが嘘のようである。

ただ注意すべきはハイカーさんたちへのケアだ。高尾山方向に進むほど増えてくるので、立ち止まったり減速したりしてケアをする。前に走っていた人が手を上げてハイカーさんがいるので立ち止まるサインを出していたので、私も真似ることにした。

ハイカーさんのグループからは「頑張って」とたくさん声をかけていただいた。ロード区間でなくトレイルで応援を受けるのは嬉しい。

ピークを踏まず巻いていくので常に程よいスピードをキープしたまま小仏城山に到着。

ここはお水の他にお湯もあり、レモネードの粉末を溶かしてもらった。ジェルを一つ食べてさっと出発。

小仏城山〜ゴール 未知のコースは走らされるノコギリゾーン

ここからは初めて走るコースで、楽しみにしていた箇所。トレーニングでも使えるんじゃないかなと思っていたのだ。一度城山の頂上に戻るような形をとってから、一気に大垂水峠へ下っていく。一度歩道橋を渡ってトレイルへ。そこからが終盤のキモなのかな。

細かい登りと下りを繰り返すんだけど、意外と合間に走れるところがあって気が休まらない。ああこれは走れるんじゃなくて「走らされているんだな」ということに気がつく。

途中にある最終関門では饅頭(?)を一ついただき、出発。少し雨が気になってきたのでジャケットを羽織る(雨はまたすぐ弱くなったんだけど)。

下り基調のコースであることに変わりはないんだけど、アップダウンのせいでそれほど下っているという実感はない。休めないから足は動き続けていて、困ったものだなぁと思いながら進む。

「間も無く閉会式を始めます」
という声が下の方から聞こえる。ゴールが近い。ラスト1kmあたりから急に抜かされることが多くなり、気がつくと前も後ろも人が見えない。

線路脇の長いストレートに下りて、ゴールまで単独走となった。GPSは35.5kmでタイムは5時間30分台。

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ゴールは京王高尾山口駅側の公園で、最近できた駅の温泉のクーポンもついていた。ゴール後早速温泉を満喫。

距離的に初めてトレイルランニングの大会に出たという人も多かったのかもしれない。今回のコースは大会以外でも気軽に利用出来るコースだし、今度は単独で走ってみようかななんて思った。久しぶりのレースでよかったなと思ったのは、「怠けない」ということ。一人だとどうしても歩いてしまうような場所も、レースだと走れる。周りの人たちに引っ張られる形で。意思の弱い自分にとっては結果としてこれがいいトレーニングになるんだなと思った次第。

15年は9つのレースに出た。マラソンが2つ、ウルトラが3つ、トレイルが4つ。

来年は数を絞り込むが、こうして楽しめるといいなぁと願っている。

ありがとうマリノスタウンOPEN DAY 

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さよならイベントで感じる時の流れ

今シーズンを持って取り壊しとなるマリノスのクラブハウス兼練習施設「マリノスタウン」。シーズンを終え、最後にサポーターに向けた施設開放イベントが開催されたのでイベント終盤に参加してみた。

当たり前のようにあった練習施設だが、これがなくなるとなると寂しいものがある。
施設が出来た当初、完全なお布施的な意味合いの強かったネームプレートで自分の名前を探してみたが、あまりの昔のことすぎてなかなか見つけることができない。何度かスタンドを回ってやっと見つけることができた。さようなら、の別れである。

プレートには2006年10月とある。あれから9年と少しが経過したのだ。
プレートと一緒に写真を撮るもの、誰かの名前を下の写真のように携帯のカメラで収める人、連れ添ってきた人にこのプレートの説明をする人もいた。そうだ、最近のサポーターはこのプレートの経緯を知らないのだろう。

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ずっと残るといわれたステンレス製のプレートも施設とともに姿を消す

時の流れを感じずにはいられない。当初この施設が出来た時は「年間チケット」と「プレート」はほぼセット買いのような雰囲気だった。ある時を境にパッと販売の止まってしまった板。今までこの板をしつこく継続販売していたらどうなっていただろうか。いや、どうにもなっていなかったか。

岡田・左伴ビジョンの完全消失

マリノスタウンの中でも象徴的な建造物が「岡田坂」と呼ばれている人工的なスロープだ。その名の通り、かつてマリノスの監督をしていた岡田氏が走り込みをするために考案した坂道だと思うのだが、選手が熱心にトレーニングに活用していることは最後まで見たことがなかった。主に練習試合などを俯瞰するのに使われていた「台」である。

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実際に登ってみるとそれなりに傾斜はあるが、距離は短いのでトレイルランニングの登りのトレーニングには不向きだろうな、下手に下り坂で走ると膝を壊す原因になりそうだな、といった的外れな感想しか思い浮かばなかかった。

そうだ、この坂で思い出した。もともとは当時監督をしていた岡田氏と当時マリノスの社長だった左伴氏(現・清水エスパルス社長)の2人が中心となって考案されたビジョンを具現化するための施設がマリノスタウンだったはずだ。コアとなった二人がいなくなり、一方施設は残った。そして今回最終的に施設をなくした方が経営面でプラスに働くと判断されたのだ。こうした大きな施設がクラブの根っこの思想を表すものになってほしかったが、トップが変われば会社も変わることもある。これも熟考を重ねた上での経営判断なのだろう。

嘉悦社長は前に「F・マリノスのサッカーとはどういうサッカーをシティフットボールグループのフォーマットをもとに深く考えている」といったような発言をしていたが、岡田氏と左伴氏が考えていたであろう方向性とは違うビジョンを(今更感はあるが)模索し、具現化しようとしている。

では嘉悦社長の後は新たな社長がやってきて、再び新ビジョンを作成するのだろうか。トップが変わるごとに方向性が変わっていてはフィロソフィーは生まれないという不安が残る。……まぁそこはシティフットボールグループに委ねられるといったところだろうか。

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マリノスタウンの天然芝の上を初めて歩いた。ふかふかした素晴らしい、よくメンテナンスされた芝生だ。この生きた芝生も処分されてしまうのだろうか。練習施設の高いコストには代えられないのだ、この素晴らしい芝生。もったいない。

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抽選で当選された方は貴重なクラブハウス見学が出来たそうだ。私がクラブハウスに入ったのは、松田選手の戦力外報道がメディア先行で漏れた時に会議室で説明を聞いた、あれっきりだ。

素晴らしい施設は素晴らしい結果をもたらしたのか

マリノスタウンは完成当時国内クラブ屈指の施設として大きく報じられた。練習施設の他に室内にはトレーニングルームやプールなども充実しているという。ではこの「素晴らしい施設」が出来てからマリノスはどのような成果をおさめてきただろうか。

パッと思いつくのは、天皇杯の優勝だけだ。天皇杯で優勝した年は最終節で優勝を取りこぼしてしまった。結局のところマリノスのユニフォームの胸にある「星」はマリノスタウン前と変わらず3つのままだ。だからと言ってクラブハウス不要の根拠をチームの成績に当ててしまうのは乱暴だと思う。特に補強面においては、外国人の補強など成績に直結する改善点はこのクラブにはたくさんある。こうして施設の終わりを見学してみて晴れ晴れしくお別れするのではなく、結局「優勝できずに終わったんだなぁ」という残念な気持ちが残ったことが残念だ。

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マリノスタウンの思い出

マリノスタウンの思い出……と言われて真っ先に思い浮かぶのは悲しい思い出だ。
2011年8月4日、松田選手がなくなったその日、どういう風に仕事をして帰ってきたのかは全然覚えていない。ただ覚えているのがその日のマリノスタウンでの記憶だ。

夜、仕事を終えて、家に帰る前にマリノスタウンの前を通る。すると誰もいないはずの真っ暗なスタンドに人影のようなものが見える。よく見るとスタンドの入り口が開いていて、階段を登ってみるとスタンドにマリノスのサポーターであろう(真っ暗で見えない)人たちがポツン、ポツンと座っている。すすり泣きする声が聞こえてくる。きっといてもたってもいられなくて、きっとここにやってきた人たちなのだ。

まだ現実を受け入れることのできなかった私は、灯りひとつない真っ暗なスタンドに腰掛け、真っ暗なピッチを見つめる。どれだけの時間が経ったのか、クラブの職員さんが「もう時間だから」といってスタンドを閉めるまでそこから動くことができなかった。

本当は優勝を喜んだりしたハッピーな思い出があればよかったのかもしないが、あの暗くて静かで悲しいスタンドとグラウドの風景が強烈な思い出となっている。

で、来年はどうなるの

施設がなくなり、日産スタジアム周辺のグラウンドを使って練習するといった案内はあったが、具体的なリリースはその後一切出ていない。何かを作っているという話も聞かない。それなりにうまくいくんだろうけど、将来の話がモヤモヤしているところがもどかしい。このモヤモヤを抱えたまま年を越していくのだろうか。

何はともあれさようならマリノスタウンである。

晩秋の丹沢へ

11月も終わろうという頃、久しぶりに山へ足を運ぶことができた。

場所は丹沢。渋沢駅から大倉へ向かうバスは朝からいっぱいだ。

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大倉のバス停からまずは鍋割山へ向かう。鍋割山から大倉へ下ったことはあったが、登るのは初めて。林道区間は気持ち良くジョグしていたが、本格的な登りが始まってからはあまりにキツく、早速心が折れてしまった

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ほとんど眠らずに見る朝日は異様に眩しい。キラキラ光っているのは海だ。

サングラスを持ってくるべきだったな……と眩しい光にクラクラしていると、やっとの事で頂上へ到着。鍋割山といえば「鍋焼きうどん」が有名だけど、この日はスルー。残念な時間帯の訪問となってしまった。

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来年またうどんを食べに来よう!

鍋割山から塔ノ岳までは細かなアップダウンを繰り返しながら進んで行く。ハイカーも少なく、下り基調では心おきなく走ることができた、と言ってもジョグ程度のまったりとしたペースなのだが。

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塔ノ岳から向かうは丹沢山。太陽が昇ってっくると霜が溶けてトレイルがぬかるんでくる。この日はHOKAのSpeedgoatを履いていたので、スリップすることはなかったが、霜の溶けた冬のトレイルが苦手という人もなかにはいるかもしれない。

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ここで一旦休憩、丹沢山の山小屋でカルピスウォーターを飲む。うまい。トレランのときはコーラが鉄板だけど、カルピスもいいじゃないか。カルピスをエイドで提供してくれるレースってあるのかな。

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これまでいくつか写真をアップしてきたけど、この日は本当に空が綺麗で、海も富士山も澄んだ空気の中で際立って見えるものだから本当に気持ちが良かった。

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丹沢山から塔ノ岳に戻るとお昼手前くらいで富士山に向かって腰掛けて食事をしている人がいっぱい。気持ちいいだろうなぁ。私もコンビニで菓子パンをお昼用に用意していたのだが、朝から空腹で行きの電車で食べてしまうという失態をしてしまったのだ。仕方なく富士山を見ながらジェルをいただく……高揚感はない。こういうところでお湯を沸かしてカップラーメンを食べている人たちが実に羨ましい。地上で食べればただのカップ麺もここではご馳走になる。

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夜勤明けで寝ずに丹沢に来たのでさすがにお昼になると眠くなってきた。意識が覚醒しているうちに下山を決意。帰りは大倉尾根を下っていく。まだ少しだけ、紅葉が残っていた。

25kmくらいの短いトレランだったが、久しぶりの山はとても気持ちが良かった。年を重ねるごとに自然が好きになっているのを実感する。これが老いなのだろうか。

次、丹沢に行くのはいつだろうか、来年だろうな。

そうだ。今日から12月。あっという間に年末である。。