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第21回 星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン

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「野辺山を制する者はウルトラを制す」という言葉が前日のコース説明会で何度も繰り返された。それだけの難コースなのだろう。

先月のチャレンジ富士五湖100kmの部は制限時間35分前のゴール。それ以上の難易度の野辺山ウルトラマラソンは相当厳しい展開になることはわかっていた。

スタート時刻の午前5時は、5月とはいえまだまだ寒い。薄手の上着を羽織って走り出した。

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本レースには前半と後半に2つのピークがある。
1つが20km付近の八ヶ岳横岳中腹(1908m)、もう1つが79kmの馬越峠(1620m)。2つ目のピークまで足を残しておくことが重要という話だった。そのためには1つ目のピーク後にある下り坂を飛ばしすぎない……これがカギだという。

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少しずつ八ヶ岳の姿が見えてきくる。前半は1つ目のピークを目指すトレイル区間だ。トレイル、といっても砂利道の林道だから走れない区間ではない。

コース最高地点までは下り坂はほとんどない。要するに登りっぱなしだと思ってよい。トレイルランニングだったら「登り坂だしゆっくり歩きますか〜」という感じだが、野辺山の人たちはこの程度の登りは淡々と走っていく。恐ろしい。つられて私も走ったり歩いたりという展開に。

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そんなことを繰り返しているうちにコース最高地点に到着。
丁寧な看板まで用意されている。登ったなぁ〜という達成感に包まれるが、まだまだレースは序盤。まだ始まってもいないような距離だ。

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ここからは下り基調!などと張り切っていたが、意外と登り坂が多い。見た目はフラットに感じるのに、倍以上の重力を感じて走ることができなくなっていた。下りで足を残す云々ではない。おしりの筋肉が早くも悲鳴をあげているではないか。弱ったなぁ。

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本コースは42km地点と71km地点の2箇所にドロップバッグをおくことができる。42kmにはTシャツとVESPA、72kmにはTシャツ、VESPA、ジェルと麦茶(フラスクへの補給用)を用意していた。気温も上がり、日差しも強く、かなりの汗を流していたので42kmではシャツを着替えた。その他給水やお手洗いなども含めると10分程度休んだはずだ。素早く動いたつもりでも、もたつくものだ。どうせ暑いし汗もかくのだから71kmで着替えする必要はないと判断した。

一つ目のピークを終えると50kmまでは長い下り坂が多くなる。「足を残す」ということが頭に残っていたので、慎重かつ軽快なペースで走ることを心がける。

50kmの関門までで制限時間の1時間前に到着していた。登りが遅い分ある程度は下りで稼がないと厳しい展開になることはわかっていた。1時間の貯金というのは「余裕」があるわけではないけど、厳しいってほどでもない、というのがそのときの感想。欲を言えば90分くらいは欲しかったのだが。

ポケットにはコースの高低図を入れていたので、関門で給水したあとに確認していた。この高低図、アバウトすぎてまったく使えない。現実はこの地図以上に起伏に富んだコースで、トレイル区間から独り「なんじゃこりゃ!」を連呼していた。ただ、走り出した今はこれだけが自分が今知りうる最大の情報なのだ。「なんとなく上り基調」「なんとなく下り基調」程度の認識をインプットして前へ進むほかない。

50〜60kmまではどちらかといえば上りの多い区間。60〜65kmはどちらかといえば下りの多い区間だった。上りは無理して走らずてくてく歩く。下りは走る、ゆっくりでもいいから。フラットな区間はほとんどなかった。そして65〜71kmは険しい上りの区間。多少フラット気味なところはあるが走らない。コースの全体像がつかめない以上あとあとのこともかんがえて慎重に進まねばならぬ。

「このペースだと貯金もかなり切り崩したかな」と思ったのだが、71kmの関門に着いたのは1時間15分前。貯金は増えていたのだ。これには驚いた。得した気分でドロップバッグを受け取り、フラスクの麦茶を補給。減っていたジェルを補給するなどして関門1時間前に出発することができた。さぁ、ここからが馬越峠への長い上りのスタートだ。

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目指すは79kmの馬越峠。上の写真のようにパッと見ると大したことのない傾斜に感じられるかもしれないが、駆け抜けていく人は私の位置ではほっとんどいない。多くの人が黙々と、時にうつむきながら歩く。
「もうすぐピークかな?」「もうすぐだろ?」「どうなってんだ、おい」と進むにつれ一向にたどり着かないピークに苛立ちを隠せなくなる。その一方で不思議なことに歩きながらこの区間は私にとっては追い越し区間となり、気持ちは高ぶっていた。それほど不可をかけず淡々と歩いていたのだが、かなり追い越していたのだ、同じように歩いているランナーたちを。
気持ちは高ぶっていても、徐々に傾斜はきつくなり、ふくらはぎが悲鳴をあげはじめてきた。これは一旦立ち止まって足を休めるべきなのか、悩みはじめる。そんな頃にやっと79kmの関門にたどり着いた。

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到着は関門の1時間前。悪くない。残り21km。最大の難関は終わった。ここからは下り基調で87kmの関門を目指す。

ん?まてよ?
このまま、関門1時間前近辺を進んでいくとゴールには13時間ちょっとで到着してしまうのでないだろうか。それだと富士五湖よりも早い。想像するだけで嬉しくなってしまった。ニヤけてしまったかもしれない。

だが、本当の地獄がやってくるのはまだ先のことだ。
当時の私は何もわからなかった。

馬越峠からは85km地点までほぼ6kmひたすら坂を下り続ける。上り坂で足を消耗していたので、下りでスピードを上げるとか飛ばすとかできなくなっていた。そして85kmに到着。あとは2kmフラットな区間を走れば関門に到着だ。

ここで身体の異変に気がついた。
フラットな区間を走るのがつらい。呼吸が荒いのだ。
無理するところではないので、歩きを多めにして87km地点の関門へ。貯金は53分程度。ここではエイドのうどんを食べて力をつける。だが身体の具合がよくなる手応えはない。

とぼとぼとしたペースで90kmの地点を通過。ここからが本当の地獄だった。高低図では比較的ゆるやかな上りの区間と捉えることができるが、残りの10kmは気力が問われる10kmだ。すでに体力も脚力も残っていないなかの上り基調。これはきつい。おまけに自分は走ることができない。

時計を見る。気がつくと1kmを10分で進まなければ完走は難しい展開になっていた。走れればなんてことない楽勝ペース。だが、今はこれを達成することがやっとだ。少し走って、歩く。また少し走って、歩く。時計を確認して焦ってまた少しだけ走る。90km地点を過ぎてからは一番苦しい時間だった。

そんなことを繰り返しているうちに制限1時間前になった。距離は5km。

あと5kmか……。ギリギリだな。
キロ10分のペースもきつくなってきたのだ。
スタート後朝日に照らされていた八ヶ岳は、気がつけば夕日をバックにシルエットを映し出している。空が暗くなってきた。

「急がなくては」と思っても走れない。歩くだけでも呼吸が乱れる。

残り時間30分のところで「あと2km」の看板が見えた。
「大丈夫だよ、ゴールできるよ」という街頭応援の方の声が聞こえた。
「あと2kmだ。これなら大丈夫だ」やっと安心できた。

もう無理する必要はない。
長い1本道、スパートをかけるたくさんのランナーに追い越されながら淡々と歩く。早くもないし、タフでもない。ただ、諦めは悪い。走れなくてもいい、とにかく俺はゴールするのだ。

ゴールが近づくにつれ街頭で声をかけてくる人たちが増えてきた。もうゴールした人たちなのだろう。身なりや顔でなんとなくわかる。こちらは走ることができないので、彼らにゆっくり手を振りながら歩く。

最後に走ったのは、ゴールへとづづく上り坂の区間だ。距離にして100mほどだろうか。走り始めてはみたものの思っていた以上にゴールが遠くて、苦しくて、それでも嬉しくてたまらない時間だった。

ゴールしたのは制限時間の10分ちょっと前。
危なかった。マジでギリギリだった。もうとっくに着替えも終えている予定だったんだけどな。

「野辺山を制するものはウルトラを制す」と言われているみたいだけど、本当にきついコースだった。再びチャレンジしてみたら、もっとうまくできるだろうな。最後の10kmはひたすら歩き続けたことは反省点だけど、歩いてでもゴールできたことは大きな手応えとなった。
キツさはハンパない。だけど、走ってみる価値のある大会だと思う。

参加者ならびに関係者の皆様、おつかれさまでした。

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