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ありがとうマリノスタウンOPEN DAY 

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さよならイベントで感じる時の流れ

今シーズンを持って取り壊しとなるマリノスのクラブハウス兼練習施設「マリノスタウン」。シーズンを終え、最後にサポーターに向けた施設開放イベントが開催されたのでイベント終盤に参加してみた。

当たり前のようにあった練習施設だが、これがなくなるとなると寂しいものがある。
施設が出来た当初、完全なお布施的な意味合いの強かったネームプレートで自分の名前を探してみたが、あまりの昔のことすぎてなかなか見つけることができない。何度かスタンドを回ってやっと見つけることができた。さようなら、の別れである。

プレートには2006年10月とある。あれから9年と少しが経過したのだ。
プレートと一緒に写真を撮るもの、誰かの名前を下の写真のように携帯のカメラで収める人、連れ添ってきた人にこのプレートの説明をする人もいた。そうだ、最近のサポーターはこのプレートの経緯を知らないのだろう。

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ずっと残るといわれたステンレス製のプレートも施設とともに姿を消す

時の流れを感じずにはいられない。当初この施設が出来た時は「年間チケット」と「プレート」はほぼセット買いのような雰囲気だった。ある時を境にパッと販売の止まってしまった板。今までこの板をしつこく継続販売していたらどうなっていただろうか。いや、どうにもなっていなかったか。

岡田・左伴ビジョンの完全消失

マリノスタウンの中でも象徴的な建造物が「岡田坂」と呼ばれている人工的なスロープだ。その名の通り、かつてマリノスの監督をしていた岡田氏が走り込みをするために考案した坂道だと思うのだが、選手が熱心にトレーニングに活用していることは最後まで見たことがなかった。主に練習試合などを俯瞰するのに使われていた「台」である。

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実際に登ってみるとそれなりに傾斜はあるが、距離は短いのでトレイルランニングの登りのトレーニングには不向きだろうな、下手に下り坂で走ると膝を壊す原因になりそうだな、といった的外れな感想しか思い浮かばなかかった。

そうだ、この坂で思い出した。もともとは当時監督をしていた岡田氏と当時マリノスの社長だった左伴氏(現・清水エスパルス社長)の2人が中心となって考案されたビジョンを具現化するための施設がマリノスタウンだったはずだ。コアとなった二人がいなくなり、一方施設は残った。そして今回最終的に施設をなくした方が経営面でプラスに働くと判断されたのだ。こうした大きな施設がクラブの根っこの思想を表すものになってほしかったが、トップが変われば会社も変わることもある。これも熟考を重ねた上での経営判断なのだろう。

嘉悦社長は前に「F・マリノスのサッカーとはどういうサッカーをシティフットボールグループのフォーマットをもとに深く考えている」といったような発言をしていたが、岡田氏と左伴氏が考えていたであろう方向性とは違うビジョンを(今更感はあるが)模索し、具現化しようとしている。

では嘉悦社長の後は新たな社長がやってきて、再び新ビジョンを作成するのだろうか。トップが変わるごとに方向性が変わっていてはフィロソフィーは生まれないという不安が残る。……まぁそこはシティフットボールグループに委ねられるといったところだろうか。

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マリノスタウンの天然芝の上を初めて歩いた。ふかふかした素晴らしい、よくメンテナンスされた芝生だ。この生きた芝生も処分されてしまうのだろうか。練習施設の高いコストには代えられないのだ、この素晴らしい芝生。もったいない。

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抽選で当選された方は貴重なクラブハウス見学が出来たそうだ。私がクラブハウスに入ったのは、松田選手の戦力外報道がメディア先行で漏れた時に会議室で説明を聞いた、あれっきりだ。

素晴らしい施設は素晴らしい結果をもたらしたのか

マリノスタウンは完成当時国内クラブ屈指の施設として大きく報じられた。練習施設の他に室内にはトレーニングルームやプールなども充実しているという。ではこの「素晴らしい施設」が出来てからマリノスはどのような成果をおさめてきただろうか。

パッと思いつくのは、天皇杯の優勝だけだ。天皇杯で優勝した年は最終節で優勝を取りこぼしてしまった。結局のところマリノスのユニフォームの胸にある「星」はマリノスタウン前と変わらず3つのままだ。だからと言ってクラブハウス不要の根拠をチームの成績に当ててしまうのは乱暴だと思う。特に補強面においては、外国人の補強など成績に直結する改善点はこのクラブにはたくさんある。こうして施設の終わりを見学してみて晴れ晴れしくお別れするのではなく、結局「優勝できずに終わったんだなぁ」という残念な気持ちが残ったことが残念だ。

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マリノスタウンの思い出

マリノスタウンの思い出……と言われて真っ先に思い浮かぶのは悲しい思い出だ。
2011年8月4日、松田選手がなくなったその日、どういう風に仕事をして帰ってきたのかは全然覚えていない。ただ覚えているのがその日のマリノスタウンでの記憶だ。

夜、仕事を終えて、家に帰る前にマリノスタウンの前を通る。すると誰もいないはずの真っ暗なスタンドに人影のようなものが見える。よく見るとスタンドの入り口が開いていて、階段を登ってみるとスタンドにマリノスのサポーターであろう(真っ暗で見えない)人たちがポツン、ポツンと座っている。すすり泣きする声が聞こえてくる。きっといてもたってもいられなくて、きっとここにやってきた人たちなのだ。

まだ現実を受け入れることのできなかった私は、灯りひとつない真っ暗なスタンドに腰掛け、真っ暗なピッチを見つめる。どれだけの時間が経ったのか、クラブの職員さんが「もう時間だから」といってスタンドを閉めるまでそこから動くことができなかった。

本当は優勝を喜んだりしたハッピーな思い出があればよかったのかもしないが、あの暗くて静かで悲しいスタンドとグラウドの風景が強烈な思い出となっている。

で、来年はどうなるの

施設がなくなり、日産スタジアム周辺のグラウンドを使って練習するといった案内はあったが、具体的なリリースはその後一切出ていない。何かを作っているという話も聞かない。それなりにうまくいくんだろうけど、将来の話がモヤモヤしているところがもどかしい。このモヤモヤを抱えたまま年を越していくのだろうか。

何はともあれさようならマリノスタウンである。