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トレイルランナー・山本健一 書籍出版&レース入賞記念トークライブ・サイン会

湘南T-SITEで開催された山本健一さんの「書籍出版&レース入賞記念トークライブ・サイン会」へ行ってきた。先日出版された書籍「トレイルランナー ヤマケンは笑う」はすでに読んでいたが、今回はちょうどUTMBと同時期に同じフランスで開催された「レシャップベル」(144km、累積標高1万900m)で2位になった話が中心のようだったので興味津々だった。

(書籍は絶賛発売中なので読んでみてください、爽快感全開の1冊です)

トークは今回レシャップベルに同行したフォトグラファーの廣田勇介さんとの対談形式で振り返る内容。スライドには廣田さんが撮影した写真が映し出されて、それに沿って振り返る。参加者はきになるところで勝手に挙手して質問するスタイル。

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めっちゃ綺麗なブルー、こんなところを走るなんて。

参加者が関心を持っていた一つがヤマケンさんの「食」について。上の著書に書いてあるのだが、ヤマケンさんは酒、カフェインは一切取らなくなった。できれば白砂糖も取りたくないそうなのだが、これは色々な料理に含まれているので完璧には無理だそうだ。元々お酒は大好きだそうだが、最初の2つは絶っているという。アルコールやカフェインはそれ自体が感情を支配する作用がある。ヤマケンさんが掲げて取り組んでいる「野生の走り」を「自分の思いままにコントロールする」という取り組みには、「何かに支配される」ということは大きな障害になる……確かそんなことを話していた。ただこれが本当に正解なのかはわからない、手探りで「実験している」との事だった。

100km走って野生モードに

この「野生の走り」はこのレシャップベルの話でも再び出てくる。最初は「ノルウェーの大会」だと聞いて参加することを決めたそうだが、実はフランスだったというレシャップベル。100マイルならまだしも、144kmで累積標高が1万メートルを超えるというコースは最もキツく、そしてこれまで走った中で一番美しい風景だったと話していた。

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いつもはエイドで待ってくれているサポートクルー(チームヤマケン)と話をするのが楽しみでエイドに入るというが、今回はあまりの辛さに上の写真のようにエイドで倒れこんでしまったという。本のタイトルにある、彼のスタイルでもある「ヤマケンは笑う」とはいかなかったわけだ。非常に厳しい状況でレース中に何度も眠ったという。

そして100kmを過ぎてようやく「野生の走り」がやってきたという。野生の走りは、レース中に一度しかやってこない。またコースをロストしたり、ちょっとしたきっかけで終わってしまうという。確変とでもいうか、アスリートのいう「ゾーンに入る」というニュアンスに近いのか、無敵状態になるのだろう。対談相手の廣田さん曰く、野生モードに入ってからはエイドに戻ってくると声や肌ツヤが違ったとか。このスーパーな状態をできるだけ長く、自分の出したい時に発揮するために取り組んでいるのが「実験」だという。

いやぁ、この話が面白いのだ。「もうダメだ」というところから、驚異的な復活を遂げてゴールまで突っ走っていく。まるでスーパーヒーローのようじゃないか。ウルトラトレイルのアスリートの状態は科学的にどれほど研究されているのかわからないが、まだまだ人間の未知の領域、もしくは遠い昔に人間が忘れてしまった何かがそこにはあるような気がした。

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来年発売予定のヤマケンモデルのザック。ザイゴスをベースにストックの収納など山本さんの要望・意見が反映されて改良されているっぽい

海外の大会はいつも誰かが勧めてくれた大会を「それよさそうだね」と決めているそう。自分からは選ばないそうだ。来年の予定はまだ決まっていないとのこと。「また誰かが勧めてくれたやつに出ます」みたいなことを話してくれた。

あまりに話が膨らんで、レシャップベルの話はかなりハイペースで話して終わってしまったが、あっという間の時間で自分含めて参加者の人たちは充実した時間を過ごせたのではないだろうか。山本さんは世界のトップレベルで上位に入るトレイルランナーだが、普段は山梨県の高校教師だ。なかなか関東に住む私が話を聞く機会もなく、こうして書籍の出版を通じて機会を得ることができたのは大変嬉しかった。

「Harder and more Beautiful」 L’ECHAPPEEBELLE:華麗なる脱出 from RIGHTUP Inc. on Vimeo.

今回の山本さんのレシャップベルの映像が上のリンク先にあります。美しく、厳しいレース、支える仲間たちの30分強のドラマ。これ無料で公開していいのでしょうか。必見です。

パーゴワークスのファストパッキング用パック「RUSH 28 」

先のエントリーで赤岳に行ったことを書いたが、その時に活用したのがパーゴワークスの「RUSH 28」というファストパッキング用のザックだ。

正直ファストパッキングはやったことがなくて、今回は行き帰りの着替えや防寒具などを持ち運ぶ必要があった。トレランのザックでは足りない。基本は歩きだけど、下りは走りたいので揺れるのは嫌だ。そこでしかるべきサイズのものが必要となった。その結果、幾つかの候補の中からRUSHを選んだ。あくまでハイクとして使ってみただけなので、ファストパッキングとして検討している人にとっては参考にならないエントリーだ。

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大きくなっても変わらない「RUSHらしさ」

以前『パーゴワークスのトレランパック「RUSH7」』というエントリーを書いているように、RUSH7についてはレースやトレイランで使っている。RUSH7やその後発売されたRUSH14を使っている方にとっては、このモデルにも「RUSHらしさ」が継承されているのでサイズが大きくなっても安心できる、信頼できるのが一番大きいのではないだろうか。要するに上の写真にある胸の伸縮性の高い生地で作られたボトル収納やジェルなどを収納できるスペースのことである。これを背負って前だけ見たら「RUSH7」を背負っているようにも……見えなくはない……はずだ。

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こんな感じでペットボトル以外もニョキっと入る。

だからRUSHを使っている人は問題なし、スムーズに導入することができるでしょう!と完結にまとめてもいいのですが、せっかくなので少しだけ書いてみようと思う。

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一番上のポケットはメッシュに。パッと中身が把握できる便利さもある一方で、天気の悪い時は簡単に濡れてしまうので入れるものを選びそう。そこはお天道様と要相談。

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一番気になったのがこのザックの特徴でもあるトップスタビライザーとメインアクセスの関係。トップスタビライザーを引っ張って、体に寄せることによる安定感がこのザックの魅力だと思うのだけど、荷物を出し入れする際には一度スタイビライザーを緩めなくてはいけない。慣れてしまえばなんてことのないのだが、最初は戸惑ってしまった。

「走る」選択肢を持つ人の望みに応える一品

とはいえ、スタビライザーを使った時のフィット感、そして「センターコンプレッション」の組み合わせがこのザックの快適性を顕著なものとしているのも事実。これが、いいのだ。

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センターコンプレッションをMAXまでやってみるとここまで縮む

センターコンプレッションで余計な空間が縮まり、ザックの密度が増す。これとスタビライザーを組み合わせてみるとグッと荷物が背中側に乗ったような感覚になる。そう、トレランのザックを背負った時のような、あの位置感だ。

そうすると、走りたくなるのだ。特に私のようにファストパッキングではなく日帰りハイクであればなおさらだ。28リットルのザックを背負っているような気がしない。胸元はRUSH7と同じなのだ。あとは気持ち良くトレイルを駆けおりるだけなのだ。

ハイクをするだけだったら他のザックでもいいだろう。ただ、そこに「走る」という行為を選択しとして持つのであれば、損はしない一品であるように感じられた。これに泊まり関係のギアを積んでみるとまた違うのかもしれない。あくまでハイクの範囲でのインプレッションは以上だ。

OMMで使う人もいるのかな。終わったら感想をネットで見つけてみたい。

RUSH28については、スペシャルサイトに細かく機能が紹介されているのでそちらをどうぞ。

日帰りで赤岳に行ってきた

何を思い立ったのか、10月の連休を使って八ヶ岳の赤岳に行ってきた。

連休……と言っても半ば日帰りのようなもの。日曜日の夜にバスに乗って、月曜未明に八ヶ岳山荘に到着。そこで5時まで仮眠のつもりが、爆睡してしまい寝坊。慌てて出発することに。

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八ヶ岳初体験。野辺山ウルトラを思い出す。

当初のコースは「美濃戸口〜南沢〜行者小屋〜中岳のコル〜阿弥陀岳〜赤岳〜地蔵尾根〜赤岳鉱泉〜北沢〜美濃戸口」という日帰りルート。帰りは午後3時発の新宿行きのバス。その前に八ヶ岳山荘のお風呂にも入っておきたい、そんなことから美濃戸口には午後1時過ぎには戻ってきたい。あまり時間はないのだ。

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それにしても八ヶ岳は寒い。ついこの間クールビズが終わった都内とは勝手が違う。氷点下の世界だ。秋はすでに終わって、これはなんじゃないか。
南沢を進む。途中から水の枯れきった川のような石だらけの道をひたすら歩く。足場が不安定で歩きづらいと思っていたら、隣の小道を歩く人たちが。ああ、あれが正解だったのかと思っているとあっという間に行者小屋に到着した。

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行者小屋では家にあったあまりもののジェルで補給。

小屋の隣にはテント場があってまだいくつものテントが並んでいた。
いやぁ、この寒さの中テントで耐えきれるのだろうか。昨日は確か雨だったはずだ。来月開催されるOMMに出る人にとってはいいテストになるのかもしれないが……。

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行者小屋ではたくさんの登山者がいたが、「中岳のコル」へ向かう道になると途端に人が少なくなって心細くなる。それでも少しずつ高度感を実感していくと気持ちは高ぶるものだ。

コルに到着。すると一気に視界が開け、登山客も増えた。

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この日、とにかく富士山が美しかった。

おお、これぞ連休といった賑わいだ。ザックがたくさん置いてあると思ったらどうも阿弥陀岳へ登るのに重い荷物は置いて登るらしい。なるほど、これが阿弥陀岳か。

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ハシゴが見える。阿弥陀岳。楽しそう。

ここでしばし悩む。登るべきか、避けるべきか。阿弥陀岳には登りたい。でも、メインは赤岳だ。バスの前にお風呂に入らなくてはならない。何せ初体験、この先どんな展開になるのかも読めないので……う〜んと悩む。結局無理せず阿弥陀岳はパスすることに。ここで今日の目標が明確に「赤岳」となる。そうと決まれば向かうだけだ。

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途中で「中岳」という小ぶりなピークに到着。ここを下りきるといよいよ赤岳だ。

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中岳の頂上から赤岳を見る。あのてっぺんまで行くのだ。写真下の2本の棒のようなのが人だ。

序盤はジグザクに歩きやすい道が続く。上の写真を撮った時は「まじかよ〜」と感じるが、実際はそこまでの距離感やハードなものではなく、ホッとした。想像したほど傾斜もなく軽快なリズクで心地よく歩む。

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後半戦はゴツゴツとした岩が多く、手を使いながら進んでいく。手を使って四つん這いで登るのは実は大好き。お猿さんになった気分が味わえる。

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鎖に掴まって慎重に登り下りをするので、集団と入れ違いになると彼らがすべて降りるまで気長に待ちながらゆっくり進む。頂上までの理由は上のような理由で休憩時間が多かったので、私は疲れることなくゆったりとした登山を楽しむことができた。

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赤岳山頂、標高は2899m。1mくらいおまけしてやってもいいんじゃないだろうか。ここが八ヶ岳では一番標高が高いんだとか。頂上が近づくにつれて風が強くなってきた。この日は全体的に風が穏やかだったはずだが、頂上は容赦なかった。

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頂上で富士山を眺めていると、周りから「昨日が初冠雪だった」という話を聞いた。雪をかぶった富士山。今年の夏は日帰りで富士山にも登ったのだった。季節は確実に進んでいる。

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頂上から赤岳展望荘(上の写真右の青い屋根)への下りはスリリングな傾斜。一方登る方も大変で怖い怖いと言いながら登る女性とすれ違った。展望荘ではお手洗いを借りて、ホットカルピスをいただく。よく考えたらジェル一つしか補給していなかった。日差しが差しても寒いものは寒い。カルピスがやんわりと体を温めてくれる。

実はここでかなり長めに休むことにした。と言うのも、お風呂の時間をしっかり取ったとしても想定よりもかなり早いペースで来ていたのだ。ストックを使わず、腿に手を置いてハァハァ言いながら登るのでコースタイムよりもずっと早いペースになってしまう。かといって少し寄り道をするのもバスやお風呂の関係もあって心配なのだ。

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下りは走りやすいトレイルが続く。今回はパーゴワークスの「Rush28」を使っている。少し大ぶりのザックだが、ジョグ程度のペースで走るのには困らない。

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シューズはHOKA ONEONEの「Speedgoat」。シャモニーでは普段履きとして使っていて実戦投入しなかった。そんなこともあって今回やっとトレイルで履くことができた。ビブラムソールがいいのかな、滑ったりするストレスもなく霜がとけてぬかるんだ場所でもすっと移動することができた。

赤岳鉱泉でちょうどお昼を迎えたのでランチでカレーとコーヒーを食べて一休み。テント泊の人たちが鍋やらなんやら楽しんでいるのが楽しそうだ。1泊できればゆったりでも色々と移動ができて楽しそうだな、八ヶ岳は。

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美濃戸口には1時すぎに到着。お風呂に入って、ビールを飲んでまったりしながらバスを待つ。帰りのバスは連休最終日ということもあり渋滞していたが、ウトウト眠っていたらのでそれほど長時間に感じられなかった。

もう山には冬が訪れていた。年内に行くことはないが、山小屋やテントの宿泊を温かい時期にすればトレランとは違った楽しみが味わえそうな気がした。今回の入門ルートは、山小屋も水場も豊富で疲れたらすぐに休憩できるのがいい。

幼い頃はなんとも思っていなかったけど、自然を楽しむというのは贅沢な遊びなんだな。

※Speedboat、結構在庫が切れているみたいで……。ブラックの方はまだある方かな。

 

THE NORTH FACE Athlete Talk Session UTMF Special w/Seb&Robb

何を今更といった話になるが、9月には「ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)」があった。
国内最大のトレイルランニングレース。国内では貴重な100マイルレースの一つだ。

私は抽選の結果、落選という大変残念な状況で、UTMFとは無縁な9月を過ごすつもりでいた(当選したとしてもCCCの燃え尽きが大きく心と体の準備が全くできていなかったはず。それに悪天候で半分も走れなかっただろう)。ところがUTMF開催に伴う関連イベントに参加することでUTMFウィークを楽しむことができた。

それがノースフェイス原宿店で開催された「THE NORTH FACE Athlete Talk Session UTMF Special w/Seb&Robb」だ。ノースフェイス契約のアーティスト、セバスチャン・セニョー選手(フランス)とロブ・クラー選手(米国)がUTMFに伴って来日、それを記念してのトークセッションとなった。

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セブ(左)とロブ。時間はあっという間に過ぎていった。

セブは今回はSTYに参加(見事優勝している)、そしてロブは残念ながら怪我でDNF、出場する奥さんのサポートに回るという。

セブからは怪我からのリカバリーに関する話、そしてロブからは2連覇を果たしたウエスタン・ステイツの話が中心にトークが繰り広げられた。トップ選手の話だがテクニカルな話はそこそこでほとんどはマインドに関わる話で、聞いているだけで沸々とモチベーションが上がってくる気がした。(大事なのは行動することなのだが、体はまだ充電を欲している)

実は最も驚いたのは質疑応答で、参加者からの質問のほとんどが英語なのだ。参加者はできる奴ばかりではないか。
「英語がわからない人もいるんだよ、まじ勘弁してくれよ」「英語の話せない人は質問しちゃいけないムード漂ってない?」などと疎外感を味わう一時だった。シャモニーならまだしも原宿でも言語の壁に阻まれるとは。

こうしたトップ選手たちがわざわざ日本までやってきて、こうしたトークイベントに参加することができるのもUTMFがあるからだ。参加しない私も恩恵を授かることができた。セブとロブと写真まで撮ってしまった。二人ともナイスガイじゃないか。ありがとうUTMF。そして私も出たいぞUTMF。

UTMBのような大会を目指す必要はないと思うが、国外への発信力を持つ100マイルレースは日本にあるべきだと思うし、UTMFはそうでなければならない。今後もこうしたイベントの開催を続けていってください。シルバーウィークは仕事オンリーだったが、おかげで素敵なリフレッシュタイムとなった。

【参考書籍】

毎年様々な課題が出るUTMFだが、それを一つ一つ乗り越えていい大会になっていってほしいとこれを読むと素直に思える。そして「俺もUTMFに出てみたい!」と思うようになるもんだから厄介だ。そこんとこ要注意だぞ。

ロープウェイで富士山超え、エギーユ・デュ・ミディ展望台

シャモニー・モンブランの象徴

フランス、シャモニーの象徴といえばモンブラン。
標高は4808メートル。タレントのイモトさんが2010年に登ったあれだ。

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右の銅像が指さした先にあるのがMont Blanc(だと思う)。

モンブラン登山は大変だが、簡単に近づける展望台があるというので、ロープウェイで行ってきた。シャモニーには他に有名な観光名所は他にも氷河のトンネルなどもあるのだが、午後にはCCCの選手受付をしておきたかったこと、いつになるかわからないが次に来るときの楽しみを残しておく、といった理由で観光は展望台一つに絞った。

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朝食を済ませ、ホテルから歩いて10分。すでに上のような行列だ。
ネットで予約できると知ったのは後のこと。すでに予定を立てている人は事前にネットで予約がオススメ。30分並んでやっと受付に。上のような状況で混んでいるので、渡されたカードに書いてある数字が表記されるまで待ってくれとのことだった。1時間くらい待ったのかな。

ロープウェイを2本乗り継いで展望台へ

展望台までは一気に登るのではなく、2本を乗りついで進む。
途中でロープがブワンブワンとたわむとロープウェイが上下に大きく揺れる。手が汗ばむ

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2つ目の展望台行きのロープウェイ。展望台は写真左上にある細長い棒だ。わかるだろうか。

いよいよ展望台だ。氷河や切り立った岩肌に近づく。緊張で手の平が随分湿ってしまった。
ロープウェイは早くてあっという間に非現実的な世界に連れて行ってくれる。なんというスケール、こんな高いところまでロープウェイを作るフランスの人はどうかしてるぜ。
このロープウェイ、どうやらここから乗り継いでイタリアの方まで抜けることもできるんだとか。山越えが大変だからロープウェイで国境またいじゃおうぜ的な考えで作ったのだろうか。

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ロープウェイでこんなところまで。アルプスだ!

ロープウェイを出ると広がる新世界。今まで見た世界とは全く違うところに来てしまった。

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よく見るといたるところに登山?を楽しむ人たちだ。

ロープウェイを2本乗り継いで展望台に到着。階段を登ってヨーロッパアルプスの山々を眺める。しかし、なんでもないような階段を登るだけで息が乱れる。苦しい。これが高山病ってやつか、目眩がする。

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展望台はここで終わらない。上の写真の塔までエレベーターで行くのだ。

私のようなジーンズでふらっと来た人もいれば、これから登山を楽しむガチな人も。

私のようなジーンズでふらっと来た人もいれば、これから登山を楽しむガチな人も。

富士山越えの3842メートルへ

エレベーターは2台稼働しているが、ロープウェイが混雑していたようにこちらも15分ほど待ったと思う。乗ってしまえばあっという間だ。
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エレベーターを登ると、標高3842メートル地点に到着。私の歴代最高到達地点がこの展望台となった。7月に登ったばかりの富士山(3776メートル)を簡単に更新。運動ゼロ、乗り物に乗るだけのあっけない更新となった。

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写真奥手にある頂点がモンブラン

昨年ミラノに行ったときは「ミラノ風ドリア」を食べそびれた。今回はせっかくだからモンブランを見ながら「モンブラン」のケーキや九州のアイス「ブラックモンブラン」を食べてもよかったかもしれない。そう思ったのはシャモニーに戻ってからだったけど。

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塔から眺めた展望台とシャモニーの街並み。

塔には新しい名所ができたみたい。
それがこれ。

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ガラス1面のボックスで記念撮影ができるスポット。
高所恐怖症の人は絶対に下見たらいけない

天気も良くて、眺めは最高。
標高の割に暖かくて最高に楽しめた。天気の良い、空気の澄んだ午前がおすすめ。

こんなロープウェイを作るなんて、スケールが違うな大陸は。
私は軽度の目眩で済んだけど、これ高山病の人はどうなんだろう。周りに苦しんでる人はいるように見えなかったけど、その辺は気になった。上の写真を見ると小さい子供も楽しんでいるようだけど。
富士山もいつかこんな感じでサクッと行ける日が……いやさすがにないか。

CCC / UTMB 2015 その7

前回からのつづき

CCCのゴールの翌日、UTMBウィークの最終日を迎え多くのUTMBランナーがシャモニーに到着する。早いランナーは前日のうちにゴールしているが、多くの一般ランナーがゴールするのはこの最終日だ。

UTMBフィニッシャーを見て感じた、人生の縮図

朝、ホテルに到着するとUTMBに参加された方もけっこういるではないか。
聞いてみると昨日のうちにDNFになってしまったとのこと。どの方も77km地点のクールマイユールまでで関門にひっかかっていた。168km走るつもりでいて半分で終わってしまう、仕方ないといえばそれまでかもしれないが彼らに悔しさが残らないことはないだろう。

街に出るとひっきりなしにランナーが戻ってくる。
一度沿道に並ぶと応援がやめられない。
大柄の人、小柄の人、やせてる人、太っている人、若い人、年配の人、様々な人たちがゲートをくぐっていく。一気に駆け抜けていく人、国旗を掲げている人、家族と抱き合い共にゴールする人……彼ら一人ひとりがまぶしい。気がつくと飽きもせず、ず〜っとフィニッシュに向かう自分がいる。ランナーの応援なんてサッカーのような応援とは違って退屈ではと思われる方もいるかもしれないが、これがまったく飽きないのだ。

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UTMBのフィニッシャーのほとんどの人たちは私のような30代よりも年上。40代半ばから50代くらいがボリュームゾーンに感じられた。ウルトラトレイルは僕が思っていたよりもずっと「おっさん」のスポーツのようだ。人生が続く限り、100マイルを走るチャンスはどこかでやってくるのかもしれない。
走力だけでなんとかなるものではないだろう。走力、山岳経験、気力などすべてのバランスのうえにUTMBの完走は成り立つのだ。生き様の縮図なのかもしれない。こんなことを考えたのは初めてだった。それだけUTMBのフィニッシュを見る、というなんでもない行為が私にとって大きいものだったのだ。
閉会式、すぐそばのテントから立ち上がって前かがみになってよろよろになったおじいちゃんがステージに上がった。彼が最高齢のフィニッシャー、なんと73歳。なんと素晴らしい。最下位ではなく、ゴールしてから表彰式までテントで待っていたようだった。壇上にあがると、会場の盛り上がりはピークに達した。ブラボーだ。こんなブラボーなことがあるだろうか。私が半分でくたばったあのコースの倍を、あのおじいさんがゴールしている。感動がやまない。

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ステージ中央にいるのが73歳のフィニッシャー

これまでトレイルランの花形といえる100マイルレースにいち早く参加したいと思っていたが、UTMBのフィニッシュを見ていて「そこまで焦らなくてもいいか」という気持ちも芽生えてきた。これは生涯スポーツだよ。

結局最終日はツアー参加者でUTMBを走っている人たちの経過をlivetrailで確認し、ゴール手前で声援を送り続けた。ゴールした人たちはボロボロだけど清々しく、夜の打ち上げには当然のように参加するタフっぷりを見せつけていた。すごいパワーだ。100マイラーは違うと違う意味でも実感したのだった。

あえてCCCという選択も

今年のUTMBではCCCを走った。ただ本記事を読んでいる人はCCCではなく「いつかはUTMBを走ってみたい」と思っている方もいらっしゃるだろう。そこで本稿では最後にUTMBへの道を冷静にまとめておこうと思う。UTMBを走るうえで必要な要件は以下の5つだ。

  1. エントリーに必要なポイント(ポイントが取れるだけの実力)
  2. 家族の理解
  3. 休暇の取得(職場の理解)
  4. お金

この5つの要素が複雑に絡み合い、すべてがビシっと揃ったときにはじめてUTMBへの道は拓かれる。
ポイントについて。2015年は14年から1pt増えて3レースで8ptとなったが、16年からはさらに1ptプラスになる。2年間で3レース走って9ポイントが必要になる。100km程度のレースを3本、最低でも走らなくてはならない。
家族の理解について、独身の方は障壁が低いかもしれないが、家庭を持っている方には大きな問題になるだろう。自分の趣味で海外旅行へ行く。そこで④で取り上げるお金をまとめて使う。そこでいっそのこと「夏の家族旅行にしてしまう」というのも手だろう(お金は倍以上かかるが)。レース中は家族にサポートしてもらうのは大きな力になる。自分の趣味への理解があるかどうかで差がでてくる。
③次のステージは職場だ。8月末〜9月頭にかけてまとまった休暇を取得できるか。弾丸日程を組むこともできるだろうが、できれば7日は欲しい。「夏休み」として確保できれば一番だがすべての職場でそううまくいくわけではない。その時期に重要な社業が控えている人だっているだろう。8月になって突然重要な案件が舞い込むことだってあるだろう。
お金の問題もある。かかるお金は国内の比ではない。国内のレースでも宿泊にエントリー費用、装備品などを揃えるとお金がかかる。ただこうした国内レースを控えることも難しい。なぜなら①のポイントに直結するからだ。
⑤上であげた①〜④の要素をすべてクリアしたとしてもUTMBを走ることはできない。抽選で当選しなくてはならない。UTMBの倍率は他のレースに比べると高く、高倍率ゆえに①の必要ポイントが年々上乗せされているのだ。こればかりは自分ではどうしようもない。抽選に落ちた場合、翌年には当選する確率が上がるが果たして翌年に①〜④の条件をクリアーしていることができるだろうか。1年条件が揃ったからといって安心はできない。2年はエントリーすることを見越してポイントは確保しなくてはならない。

ここまで書いて自分で気が滅入ってしまった。こうして冷静に書き出してみるとUTMBへのハードルは高いな。ポイントに限って考えても、ハードルは年々上がっている。果たして今からUTMBを目指して9ポイントをためたとき、必要なポイントは9ptのままとは限らない。

ここまで書くと走るのは定年後だなと思う人もいるかもしれない。大丈夫だ。定年後や定年近くなってもUTMBを走っている人は珍しくはない。上にあるように73歳だってゴールできる。

最後の関門「抽選」をクリアーしたとする。きっとその頃、あなたは「参加」だけで満足しないはずだ。①〜⑤の厳しい条件をクリアした以上、モンブランの周りをぐるっと1周してシャモニーに帰ってきたいと思うはずだ。行くからには「完走したい」というのが自然だろう。中には家族や職場の応援に応えたい!と意気込む人だったいるだろう。15年のUTMBの完走率は64%。天候次第ではさらに完走率は低くなる。ポイントを取得できる力があっても6割程度しか完走できない。厳しいレースなのだ。天気でコースが変更になる年だってある。モンブランを1周するはずが、悪天候でレースが中止になったり、鏑木さん曰く「里山レース」に変更になって100km程度で終わってしまう年だってある。これもまたどうしようもない、致し方ないことだ。どうせ行くなら「正規ルートで完走」と思う人が多いようだが、これもまた一筋縄ではいかない現実がある。あぁ、本当に複雑なパズルみたいだ。
UTMBに参加していた日本人はUTMF完走者が多かったが、UTMFを完走できたからといってUTMBを完走できるものでもないらしい。私はどちらも走ったことがないのでその違いはわからないが、参加した人は「UTMFとは違う」という。これは興味深い内容だった。

ここまで書いてみて「自分がUTMBを走れるのがいつになるかわからない……」という不安や焦りのある方はいっそのことCCCやTDSを走ってみるのも手ではないか。CCCもTDSも2レースで3ptあればエントリーできる。しかもTDSは最初のエントリーでは定員割れしていて、UTMB落選者が追加エントリーできるほどだ。UTMBとは雲泥の差である。CCCは抽選だが、たとえ落選しても必要なポイントも少ないから落選したとしてもUTMBほどの落胆はないはずだ。CCC以外で3pt取れる大会にエントリーしようと切り替えられるのではないだろうか。

TDSは独立した難易度の高いコースを進むが、CCCはUTMBの後半と同一コースを走る。UTMB気分をわりと手軽に味わうことは十分できるのが魅力だ。15年に完走率は69%。私のように実力もなくノリと勢いで来た人でなければ、しっかり走って完走できる距離と累積標高差だと思う。

また、これは憶測だが、CCCを完走しておけばいつかUTMBを走るときが来たときその経験がきっと生きるにちがいない。後半は「試走済み」状態なのだから。問題はクールマイユールまでの関門をクリアできるかなのだが……。

あれこれ述べてみたが、要するにUTMBは年々狭き門になりつつある。ただ、CCCならハードルは低いから良いんじゃないかということ。しかもCCCであればゴールしたあとにUTMBトップ選手のゴールを見ることができるし、UTMBのゴールをビールを飲みながら応援することもできる。これも一つの楽しみ方だ。

私はUTMBはもう少し人間として大きくならないと無理だなと痛感した。だからシャモニーに再び行くことができるのがいつになるのか検討もつかない。正直CCCでもすごく楽しかったし、自分のレベルではきつかった。お腹いっぱいになってしまったところもある。
その一方で、あのUTMB期間中にシャモニーで感じた「お祭り騒ぎ」が恋しくなってもいる。あの街全体を包み込む一種の麻薬のような(やったことないからわからないけど)多幸感をもう一度味わいたいって思いは心の底に確かにある。CCCのメリットは上で述べた「手軽さ」にあるけど、一番のデメリットはUTMBを知ってしまい「また来たい!」「次はUTMBだ!」って思っちゃうところだ。アタマで漠然と「UTMB出てみたい〜」よりも具体的なイメージが体験に基づいて形作られてしまう。これは相当やっかいだ。

CCCは手軽でいいよってことを書いてまとめようと思ったけど、自信がなくなってしまった。ひょっとしたら一気にUTMBに挑んだほうが正解かもしれない。いずれにせよ、UTMBでもCCCでもTDSでもいい。興味があったり、目標として位置付けている人は現地へ足を運んだほうがいいと思います。それだけは確か。来年のエントリーは12月から。まずはウェブサイトを見て、自分の手持ちのポイントを確認してみよう。それがささやかだけど、大きな一歩になると思います。

CCC / UTMB 2015 その6

ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(Ultra-Trail du Mont-Blanc® / UTMB)の後半101kmを走るCCCというレースに参加してきました。これから数回にわたって、レースのことや現地シャモニーでのことなどを振り返りたいと思う。今回は5回目。
前回はこちらから

レース後半に待ち受ける3つのピーク

シャンペ湖を抜けるといよいよコースのクライマックス、3連続ピークに差し掛かる。ラスボス3兄弟といったところか。CCCは56km走ってから「キタタン」に入るイメージだけど、UTMBの場合は120km走ってからのキタタンだ。かなり恐ろしい。

こういうときはあまり先のことは考えない。次の関門までのことだけを考えて進む。関門をクリアできたらその先について思いを巡らせればいいのだ。

シャンペ湖を出発したときにはほとんど貯金がなくなってしまった。次の関門トリアン(Trient,72km)までは17kmエイドまでの区間はコース最長。すぐに登りに取りかかれば少しは楽なのに、ご丁寧に一度川沿いに下りきってから山登りがはじまる。上を見上げると木々の隙間からヘッドライトの光が溢れでている。
「あんな先まで登るのか……」この日何度心の中でつぶやいたことだろう。

レースも後半に差し掛かると、完全に前後のグループは固定されており、補給の差などで若干前後するが前にいた人、集団と一緒に進む展開になる。初めの頃は英語にも気を配っていたが、段々どうでもよくなってきて日本語で「すんませ〜ん」とか言いながら進むことも増えてきた。

森を抜け、森林がなくなりピークが近づいてきた。草むらにしゃがみ込んでジェルを飲んでいると視界に星空が飛び込んでくる。その美しさに息を飲む。関門時間まで急がねばならない私には「あれがデネブ、アルタイル、ベガ……」などと夏の大三角を探す余裕はない。少し時間だったがレースのことを忘れてしまう素敵な時間だった。

遠くからはカウベルの「カラ〜ン、コロ〜ん」という脱力感を含んだ音が聞こえてくるが、残念ながらチェックポイントではなくただの牛がいるだけだ。眠っているのだろうか、コース脇で座り込んでいる牛もいれば、立っているのもいる。

長い登りのきつい区間だったが、ナイトハイクを満喫したこともあって、思っていたよりもずいぶんと気楽にトリアンに到着した。トレイルを下りながら見た、トリアンの街は、中心に教会があってそれを囲むように住居が並ぶ。山を下るとそんな街にたどり着く、ドラクエみたいな世界だ。

「これがラストトライになりそうだ」という覚悟で臨んだトリアンへの道。結果としては関門50分前に到着した。ラスボスはあと2つ。この調子ならいけるかもしれないという確かな手ごたえをつかんだ。

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大音量で音楽が流れる、賑やかなエイドだ。

異変

復活の手ごたえを大切にしたい、行けるときこそ攻めるべきだ。できるだけ短時間でエイドから出よう。一度に1つしか食べないジェルを2つ流し込み、オレンジを食べて席から立ち上がった。

出口に向かって歩き始めたところで、補給したジェルとオレンジが逆流した
慌てて立ち止まり、吐き出すまいと口に両手を当てる。なんとか飲みこみ吐き出すことは防いだものの、再び訪れた予期せぬ事態に動揺は隠せない。気分が急に悪くなり、再び椅子に座り込む。ジェル2個食いが悪かったか……。落ち着け落ち着け、絶対に回復するからと自らに言い聞かせる。

短時間での出発作戦はあえなく失敗し、トリアンには30分も滞在してしまった。フラフラ登っていたのだろう、「大丈夫か」と選手に声をかけられながら次のエイド、ヴァロシーヌ(Vallorcine,83km)を目指す。

この区間は11km。トリアンまでの17kmに比べたら気持ちは楽で、GPSの標高表示を眺めながらゆっくり登っていった。少しすると胃の具合もだいぶ落ち着いたようでいつもの調子を取り戻していた。

山の頂上になると木々が無くなり、限りなく満月に近い月のあかりが遠くの稜線までも浮かび上がらせる。頂上付近のフラット気味な箇所も走ることはなく、淡々と歩いて下りに差し掛かった。

外国人は登りはめちゃくちゃ早い。その一方、下り、特に夜間の下りは不慣れな人が多いのか度々渋滞とは言わないが狭いトレイルが詰まってしまう。トリアンまでの下りでもたついていた人たちをパスしたのだが、体調不良で遅れてしまい、私の前に再び彼らがトレイルを詰まらせている。「すみませ〜ん」とつぶやきながらパスする。

83kmのヴァロシーヌには関門時間の45分前に到着。悪くない。ラスボス3兄弟もいよいよ次がラスト。ラスボスのなかのラスボスに挑む。最後のピーク、ベンツ峠(La Tete aux Vents,標高2130m)まで900m程度の登る。それを越えればあとはシャモニーまで下っていくだけだ。吐き気に気を配りながらゆっくりジェルを飲み込み、オレンジを10切れ口に含む。関門時間30分前、ゴールに向かって歩き始めた。

ラスボスに打ちのめされる

線路沿いの緩やかな登りを進んでいくと「まさかあれを登るんじゃないだろうな?」というゴツゴツした岩場だらけの壁が見えてくる。
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考えたくもなかったが、やはりこれを登るらしい。朝になった途端、見るのは壁。相当堪える。あれこれ見えるのも困ったものだな。

ラスボスを迎えるにあたって、不安材料があった。GPS付きの時計のバッテリーが切れたのだ。スントのAmbit2の標高表示を目安に「100m登った!」「あと半分!」と自分を励ましながらやりくりしていたが、それができなくなった。自分がどのあたりにいるのかわからい不安のせいか、足はどんどん重くなる。数歩進んでは立ち止まる。その度に後続の人に道を譲る。日本人の方もけっこういた。しばらくすると、後ろの人はまばらに見えるだけになってしまった。

このラスボスの恐ろしいところは「登りきった!」と思っても、チェックポイントが一向に現れない。ベンツ峠にはチェックポイントがあるはずなのだが、それがない。おかしいな。どうなっているのだろう。ひょっとするとチェックポイントは何かの都合でなくなったのかもしれない。これまでもそういうところがあったのだ。ということは、次にあるのは最後のエイド、ラ・フレジェール(La FLEGRE , 93km)ということになる。そんなことをボーッと考えながら歩いていた。もう走ることはできなくい。アタマがボーっとしていて補給をするなんてことも思いつかない。ただ歩くことしかできなくなっていた。完全にやられていたんだと思う。

しばらく進むと、バーコードチェッカーをもったおじさんがいた。ここがラ・フレジェールか。関門時間は10:30。時計をみると9時半前。フラフラしていたわりにずいぶん余裕ができた。これでゴールを完全に捉えたと確信した。

12キロおじさんの怪

この日も青空で日を遮るものが何もない。冷たい飲み物が飲みたい。ところがあたりにはエイドらしきものがない。「ウォーターはないのか?」と聞くとおじさんが「12キロメーター」というではないか?「ト、トゥエルブキロメーター?マジか?そりゃクレイジーだな」(おそらく原文ママ)とほとんど日本語で返して8km先のシャモニーまでトボトボ歩く。

時間を見ると10時。あの12キロのおっさんのところもあと30分で閉められてしまうんだなと他人事のように思っていたときだった。猛スピードで僕を追い越すランナーがいた。なんだあれは。そしてすぐさま今度は2人が駆け抜けていく。

この道は遠くまでよく見える道だが、これまでは足元ばかりをみてフラフラ歩いていた。ふと先を見てみると、遠くに何かが見える。あれは……テントではないか

いや、おかしいぞ。あの12キロおじさんが最後のエイド・フレジェールだろう。だとしたらあのテントみたいなところはなんだ???

もう一度時間をみる。午前10時過ぎ。さっき走っていったランナー。遠くにうっすらと見えるテントらしきもの…………ボーっとしていたアタマが少しずつ働き出してやっとわかった。あの遠くに見えるテントがフレジェールのエイドで、関門時間まで残り30分を切っていたのだ。要するにあの12キロおじさんはベンツ峠のチェックをしていただけだったのだ。おそらく12kmというのは、シャモニーまでの距離だ。

上の図のventsをFlegreと勘違いしていたわけだ。

フラフラ歩いていたことで、突然ピンチに陥ってしまった。このまま歩いていたら、10時半の関門には間に合わない。93km、ラスト10kmを切った地点でリタイアになってしまう。アタマが真っ白になった。ここからフレジェールのエイドまでの記憶はブツ切れになっていて、エイド手前の上り坂でスタッフの人に、もう大丈夫だと背中を押してもらったところまで覚えていない。頭に巻いていたBuffがなくなっていたことに気がついたのはエイドについてからだ。

最終エイド、ラ・フレジェールには関門時間10分前に到着残り8km12時までにシャモニーにつけば大丈夫だと説明を受ける。この関門をクリアーしても、最終ゴール時間に間に合わなければ完走にはならない。時間がない。急いでオレンジを食べ、コーラを飲む。ボトルの水を入れ替える。自分の体をよくみると、ウエストにライトをつけたままだった。それを外していると、隣の外国人に笑われた。こっちの人は腰にライトをつけないのだろうか。

ラ・フレジェールを出たのはちょうど10時半だった。エイドを振り返るが、私の後にテントから出てくる人がいない。
「……最後尾か」
長かったCCC、最後のセクションがいよいよはじまった。

シャモニーへ

90分で8km。コースはほとんど下り坂。元気であればなんともない距離だが今は違う。少しの傾斜でも、前腿がビリビリと痛み走ることもままらない。
「走ったら気持ちがいいだろうな」と思いながら、ゆっくり進むことしかできない自分のもどかしさよ。

「フィニッシュタイムはトゥエルブオクロックなんだよな?」と前にいた外国人男女ペアに話しかけた。さっきの区間で大きな誤解をしていたために、確認しておきたかったのだ。女性は英語がわからないらしく(私の言葉が日本語混ざりのハチャメチャなのが悪い)男性がこうこたえた「12時15分だ」……え?耳を疑った。「トゥエルブ・フィフティーンなの?」「サービスタイム

サービスタイム?そんなの聞いていないぞ。人によってサービスがあったりなかったりするものなのか?12時15分なら多少余裕が出るかもしれない、と思いながら2人を追い越す。

11時になった。だいぶ標高を下げたはずだが、街はまだまだ小さい。残り1時間、焦らないわけがない。でも走ることもほとんどできない。レース前日に訪れたフローリアに到着すれば、ゴールまでのイメージがつかめるのだが……。

フローリア、フローリアはまだか……とつぶやいていると「サービスタイム」の男女ペアが猛烈な勢いで追い越していった。明らかに焦っているようだった。さっきはなかったアルゼンチンの小さい国旗をザックにつけていた。あの野郎……サービスタイムなどないのだ、12時までにゴールしなければならないのだ。覚悟をきめて僅かだがペースアップする。

フローリアに到着したとき、時計を見たかどうかわからない。このまま走ればゴールできそうだというかすかな安心感があったことは覚えている。あと3km程度だ。このトレイルを抜けてロードに出れば、そこはシャモニーだ。

シャモニーの街に出たとき、すでに残り時間20分強だった。「これなら大丈夫」と思っていたが、ゴールとは反対方向に進むことになっており、動揺する。受付の体育館のある川沿いの道を歩く。街の人たちが「ブラボー!」と声をかけてくれる。いや、ちょっと待ってくれ。歩いているけど、俺はまだギリギリでゴールできるかわからないんだ。子供たちがハイタッチをしようと手を伸ばす。彼らに近づきたいけど、その時間的余裕もない。腕を彼らのほうに精一杯伸ばし、かろうじてタッチする。

12時に間に合うことを確信したのは「スーパーU」というスーパーマーケットのある通りに戻ってきたときだ。11時45分を過ぎていた。もう、大丈夫だ。

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よく見ると右上に日の丸がかけてある!

遅いゴールということもあって、たくさんの人から「ブラボー」と声をかけられる。これまでの人生でこんなに「ブラボー」と言われたことがあっただろうか。私はメルシーを連呼することしかできない、メルシーおじさんだ。

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人がたくさんなのだ

フィニッシュゲートが見えてきた。あそこに達すれば長かった101kmの旅が終わる。本当はハイタッチとかしながらゴールしたかったのに、気が付いたら走っていた。ここを走る体力は残していたんだなぁ。

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ゴール、やっと終わった。長かった。時間は11時50分を過ぎていた。ここまでギリギリのゴールはレースで初めてだった。確か制限時間は26時間半と聞いていたが、記録は26時間40分台。とりあえずフィニッシュ扱いになったから、いいんだよな???

ゴールをして、上の写真にいるMCの人とハイタッチ。MCの人は名前を読み上げてくれる。僕はいつものクセでゴールに一礼し、ゲートを去ろうとした。もうフラフラなのだ。

そのときだ。

「ちょっとお前待て待て」みたいなことをMCがいう。何か忘れ物でもしたのか。
「ジャパニーズ・アリガトウ・スタイルをもう1回やろう」みたいなことをいうではないか?「アリガトウ・スタイル?」お辞儀のことか。
いつものクセでしかないんだけど、こういうのは外国人にウケるのだろうか、今度はMCと2人でお辞儀。応援の人たちも拍手してくれたので、これでよかったのだと思う。これが異文化交流ってやつか。

ゴール後、倒れる

MCの人から離れてゴールの裏手に回ると、同じツアー参加者でとうの前にCCCをゴールした方たちが待っていてくれた。帰って来たぞ、という気がして本当にありがたかった。お礼をいって、UTMBのトップ選手がゴールするまでホテルに戻って寝ると伝えて歩きだした直後、建物の日陰で倒れた。

自分でも何が起きたのかわからないが、全身の力が抜けて立っていられなくなった。日陰が気持ちよさそうで、倒れ込んでしまった。それを見て慌てたツアー参加者の夫妻が水を持ってきてくださったり、濡れたタオルをくださったりして助けてくれた。まさかゴール後にこんなことになるとは。30分くらい起き上がることができなかった。たぶんこれ、熱中症だ。

ホテルに戻り、シャワーを浴びてUTMBのトップ選手ゴールまでの少しの間ベッドで眠ることにした。目をさますとすでに日は沈んでおり(トップ選手ゴール後)、私は裸で部屋の床に転がっていた。

完走者のもらえるフィニッシャーズベストを着て街に出た。UTMBを走り終えた早い人たちがゴールしている。街はにぎやかだ。
レストランのテラス席に座って、飲みたかったビールと、レース中は食べるのを控えていたチーズ料理を中心とした3品のコースをオーダーした。

オニオングラタンスープは完食できたものの、レース中から欲していたビール、そのとのチキンのグラタン?(またグラタン?)は半分くらいしか口に入れることができなかった。胃腸がボロボロみたいだ。

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デザートのパンナコッタも半分だけでした

ホテルまでの道、両手をジーパンのポケットに入れて、全身を左右に振るようにゆっさゆっさと歩いていると、肩をたたかれた。白人のグループで「おまえこいつと同じ歩き方してんな」みたいなことをいって、グループの一人を指さして笑った。その人もCCCのベストを着て、両手をポケットに突っ込んでいた。おお、同士よ!と握手をした。

夢のように楽しく、美しく、ハードな2日間だった。
本当にゴールできたのか不安だったが、このベストもあるし、間違いないのだろう。さっき眠ったばかりなのに部屋に戻るとあっという間に眠りについてしまった。
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つづく

CCC / UTMB 2015 その5

ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(Ultra-Trail du Mont-Blanc® / UTMB)の後半101kmを走るCCCというレースに参加してきました。これから数回にわたって、レースのことや現地シャモニーでのことなどを振り返りたいと思う。今回は5回目。
前回はこちらから

Profil-CCC-2015

 

峠を越えてイタリアからスイスへ

Arnuva(27km)のエイドを抜けると、いよいよ難所グラン・コル・フェレ(Grand Col Ferret、2537m)への挑戦がはじまる。川を渡ったところからフェレ峠への長い長い登りがはじまる。4.5kmで770mほどの登り。書いてしまうと「そんなものか」といった感じなのだが、登ってみるとなかなか終わりが見えない。木々がないため先を行く人々の列が遠くまで見えて遥かかなたで途切れている。あまり先を見ると気が滅入るので目の前だけを見て淡々と進む。

途中で休憩している人たちも多いが、エイドで休んだのがよかったのかゆったりとしたペースであれば歩き続けることができた。周りの人たちも自分と同じペースを刻み続けており、抜かされることもない。周りを見て休憩をとるか悩んだが、このまま峠までいってそこで一息つくこととした。

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写真奥に見える川がArnuvaのエイドのあとに渡った川。かなり登るぞ。

Grand Col Ferretには2時間弱で到着。単に遅いだけかもしれないが、長かった。
ここが確かイタリアとスイスの国境だったはずだ。国境がどこだかわかれば昔のテレビ番組「あいのり」のように、せーのでジャンプして「スイス~!」とか叫ぶのを一人でやろうと思っていたが、バーコードの「ピッ」というチェックだけで終わってしまいどこが国境なのかわからなかった。

呼吸の乱れ、手足のしびれ、危機に直面

ここまで登り続けたのでさすがに疲れてしまった。周りには腰掛けている人、横になっている人なども多い。景色もすばらしく休憩するには贅沢すぎる場所だ。「それでは私も一休みしますかな」と横になった。

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この直後、体調に異変が出てきた。

横になってすぐ呼吸が乱れてきた。ゼーハー、ゼーハー。なぜ休んだのに具合が悪くなるのか、予期せぬ事態に戸惑っていると今度は手足がしびれてきた
なんだこれは!!! 富士山に登ってもこんなことなどなかった。高山病ではないだろう。ではいったい何なのか……。
寝そべるというよりは、うずくまるような体制でいると「Are you OK?」とスタッフが体を揺すりながら声をかけてきた。「オーケー、大丈夫」と答えたものの、なかなか起き上がれない。
ここで「ダメだ」とスタッフに告げたらレースは終わってしまう。ここにとどまっていたら立ち上がれなくなる気がした。低い場所まで行けばなんとかなる……に違いない、いやそうあってほしい。
なんとか立ち上がり、一歩ずつゆっくり下っていくことに。

ここから次のエイド、ラ・フーリ(La Fouly、42km)までは10kmに及ぶ長い下り坂の区間。自分のイメージでは足を使い切らないように気をつけながらも軽やかに下っていくイメージだったのだが、現実はまっすぐ歩くこともままらず、左右にフラフラしながら朦朧と進むのが精いっぱい。「この区間は抜けるだろうな」なんて思い描いていたのが恥ずかしい。抜かれる一方である。そして、スタッフだけでなくランナーにも「大丈夫か?」と心配されてしまう。情けない。
でもせめてシャンペ湖まではがんばりたいのだ。まだあきらめたくはない。

3kmほど進んだところからようやく走れるようになってきた。体がずいぶん楽になってきたのがわかる。原因はこのときまだわからなかったが、走ったり歩いたりしながら体調の峠は越えたと確信できた。
長い下り坂を下りきると再び川沿いの道に戻る。川を抜けるとやっと街に到着した。
そこからラ・フーリまでのロードはゆっくり歩くことにした。苦しい状況に打ちのめされたあと人々の温かい応援や人工的な街並みを見て心からホッとした。

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地元の子供達はゼッケンに書かれた名前を読み上げて応援してくれる、弱った身になるとこういうのに弱くなる

ラ・フーリには関門時間のちょうど1時間前に到着。フェレ峠でくたばっていたことを考えればよく挽回できたと思う。僕にとっては濃厚すぎる42kmだった。

CCCは街並みだけでなくトレイルでもハイカーの方たちの応援がすごい。「アレアレー!」とたくさん応援してくれる。参加者のゼッケンにはそれぞれ国旗がプリントされているので、選手間でも応援する人でも人目でどの国の人かわかる。ヨーロッパの人たちへの応援は「アレ!アレー!」であっても、僕が通ると「オオ!ジャポネ!アレーアレー!」と手を振ってくれることが多く、異国の地で一人の身には本当に励みになった。

これまでジェルばかりの補給だったが、ラ・フーリでは暖かいスープとオレンジをいただくことにした。オレンジはおいしくて10切れは食べたと思う。スープは普段飲むとしょっぱいくらいの塩気だったが、これが今はちょうどよく感じられた。外はまだ明るいものの19時を過ぎている。次のエイドに着く前に真っ暗になる。このエイドでヘッドライトを付け、念のためウィンドシェルを羽織って19時35分に外に出た。

シャンペの罠

次のエイドがシャンペ湖(Chanpex-Lac,56km)。コース最大のエイドだ。ラ・フーリの街を出たあともしばらくは下り基調の道がつづく。

道の途中で会った日本の方に、フェレ峠でダウンした話をしたら「しびれなどは熱中症ではないか」というアドバイスをいただいた。湿度が低いので日本のようにドバーっと汗を流すことがないので脱水を意識していなかった。自分が思っている以上に水分を出していて補給がたりていないのだろう。塩熱サプリを用意しておくべきだった。こんなに暑いとは思ってもいなかったのだ。

この区間は一番走りやすく楽しかった。トレイルを抜けると小さな街に入り、家の前には私設エイドがある。そこでお水やジュースをいただき駆け抜けていく。フェレのときの違和感は完全になくなっていた。

途中で見覚えのある場所があった。立ち止まって写真を撮る。

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走ってるときは気にならなかったけど、こうして写真でみるとなかなかスリリングな崖だ。

ここだ。間違いない。DVD「激走モンブラン!」で鏑木毅さんが前を走るスコット・ジュレクを見つけた場所だ。そこを少し進むと追い抜いたと思われる場所にもさしかかる。あのDVDがUTMBのきっかけだっただけに感慨もひとしおだった。

「シャンペ湖までの登りがけっこうきつい」というのは聞いていた。高低図を見ると400m程度で他の登りと比べるとたいしたことないように感じられるのだが、それはワナだという。登ってみるとその意味がわかる。きつい登りではないが、森のなかなので終わりが見えない。これまで先が見えすぎる登りで滅入ってしまったが、先が見えないのもストレスになる。なんて身勝手なのだろう、私は。ヘッドライトの明かりに頼りながら、当初最低限の目標としていた56km、Chanpex-Lacには関門時間50分前に到着した。

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ここは(私には関係ないが)家族らのサポートを受けることもできる、CCCではコース最大のエイド。テントも大きく、フードの種類も豊富だ。ペンネのようなものもあったが、私は引き続きスープとオレンジのみをいただく。その他の補給は手持ちのジェルだ。

ここで終えてもいい……

当初最低限の目標としていたシャンペ湖はクリアできた。だが……ここからのコース後半にそびえる3つのピークを果たして乗り越えられるだろうか。時間の貯金もない。達成感は十分ある。次の関門をクリアできるかどうかはわからない。
ただ体力はある。それなら関門にストップといわれるまでは前へ行こう。いけるところまで行こうじゃないか。

そう決めてから再びオレンジを5切れ口に放り込み、夜に備えて長袖に着替えてエイドを出た。エイドが混雑していて席を探すのに時間がかかったり、着替えたりしていたので、時間がないと焦っているくせに25分も休んでしまった。これで貯金はほとんど無くなっていた。

つづく

CCC / UTMB 2015 その4

ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(Ultra-Trail du Mont-Blanc® / UTMB)の後半101kmを走るCCCというレースに参加してきました。これから数回にわたって、レースのことや現地シャモニーでのことなどを振り返りたいと思う。今回は4回目。
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バスでクールマユールへ。15年のバスはネット予約に

レース当日の朝は早い。9時のスタート前に、まずはシャモニーからイタリアのクールマイユールへ事前にネットで予約したバスで移動する。バスの予約は今年からネットで事前予約になった。クールマイユールまでは30分程度だろうか。トンネルを抜けて一気にイタリアである。

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バス。事前予約制だが、ラフなのはバスの時計が適当な時間をさしていることからも明らか。

スタートまで90分くらいあったので、到着後しばらくはアイスホッケー場のある施設で時間をつぶす。ここでお手洗いにいったり、朝食を食べたりしてまったりすごした。

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暖かいのでここでごろ〜んと横になっていた。

初の海外レース、外国人ばかりでビビったりするのかなと思っていたが、シャモニーに到着してから数日が経過しており環境に慣れてしまったようだ。これならフラットな気分でスタートに臨めそうだ。
この体育館のような待機場からスタートまでは離れていて、坂を登ってようやくスタート地点に到着する。ゼッケン番号ごとにブロックが指定されているので要注意だ。ドロップバッグを預ける人は荷物置き場が奥にある。余裕をもって移動したほうがいい。
ブロックに入ればあとは自分のスタートを待つだけだ。

CCC (Courmayeur – Champex – Chamonix)

ここでレースプロファイルを少しだけ。
CCCはUTMBの後半、クールマイユールからスイスのシャンペ湖を経由し、フランスのシャモニーへゴールする101kmのレース。累積標高は6100m。日本でいえば富士山を1周する「ウルトラトレイル・マウントフジ」(UTMF)の「静岡から山梨」(STY)的な位置づけと思ってもらえばわかりやすいだろう。
日本のレースと違うのはひたすら登って、ひたすら下るの連続であること。こまかなアップダウンはほとんどない。なかなか日本では味わえないコース、標高だと思う。
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UTMBコースとの違いは一つだけ。CCCはスタート直後にトロンシュの頭(Tete de la Tronche,2571m)というピークを越えてベルトーネ小屋に向かうが、UTMBはクールマイユールからベルトーネ小屋直行である点。

コースは、トロンシュ(2571m)とグラン・コル・フェレ(2537m)という標高の高い2つのピークを登り下りする前半部分と、56km地点のシェンペ湖を挟んで3つのアップダウンを繰り返してシャモニーに到着する後半部分に分けられると思う。

関門は8つ。トレイルレースでは基本的に関門時間と向き合いながら完走するのが私のスタイル。これまでのレースで最も難度の高いこのレースでもそれは変わらない。

Tableau-passages-2015-CCC

サポートを受けられる箇所は3つ。上のタイムチャートの緑色の箇所だ。私は単独で走るのでサポートはないが、CCC期間中も大会のシャトルバスはシャモニーから移動しているので日本からの参加者であってもバスで巡ってサポート可能。大会中はlivetrailというサイトでランナーのチェックポイントの通過時間、次のチェックポイントの予想到着時間が表示されるので、それを一つの目安にして移動すればいい。

あわよくば完走……というスタンスで

このレースに臨むにあたっての優先順位は以下のとおり

1:安全第一 = 帰国後職場に迷惑をかけるわけにもいかない。セーフティーに。
2:感謝の気持ちで = 海外レースまでこれたことに感謝
3:楽しむ = 頑張る!も大切だけど楽しむ気持ちをわすれずに
4:シャンペまでは行きたい = 56km地点のChanpex-Lacまでは関門をクリアしたい
5:あわよくば完走 = シャンペまで行けたら、完走を目指す

自分の実力を冷静に見つめると、こんな具合だろう。

DCIM100GOPROスタートはウェーブスタート。目標タイムの早い順に3つのグループが10分おきにスタートする。エントリーの際、調子に乗って高すぎる目標を掲げていた私はあろうことか、2番手から。大音量の音楽、何をいってるのかさっぱりわからないフランス語のアナウンス、歓声、日本のトレイルレースでは感じたことないにぎわいのなか、クールマイユールの街を駆け抜けていく。

天候は……この日も最高だ。

最初の1400メートルの登りですでにフラフラに……

Profil-CCC-2015

最初は10km地点のトロンシュまで1400メートルの登りとなる。ここはウェーブスタートになっても渋滞気味になりつつ、ゆったりと頂上を目指す。

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高低図では登り一辺倒に見えるが、ところどころにこうした下る箇所もある。最初のうちはのどかなトレイルなのだが、進むにつれ斜度が増していく。

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上の写真は牧場のフェンスがあるのでトレイルにヤギがなだれ込むことはないが、ロバがトレイルのど真ん中で立ち止まっていたりした。

DCIM100GOPRO

 

斜度がキツイ。スタートから握っているストックがもし折れたとしたらと思うとぞっとするほどしんどい。木々がないので上をみると果てしなく感じられる人の隊列が見える。「まだ登るのか……」グラン・コル・フェレが難所と聞いていたが、最初のこれもなかなかパンチの効いた登りで「聞いてねぇぞ」とかつぶやきながらひたすら登る。

DCIM100GOPRO

絶景の稜線を進む

この最初の長い登りをひぃひぃ言いながら登り切ると、目の前には絶景が広がっている。この稜線を駆け抜けて最初のエイド、ベルトーネ小屋へ向かう。ヨーロッパアルプスの壮大な風景に奪われながら、夢心地で走っていると脇見がいけなかったのかなんでもないフラットな場所で転んでしまった。え?なんで俺転んでるんだろう?と自分の状況が理解できないでいたままブラジルの国旗をつけたおじさんに担がれる。「オーケー、サンキュー」といって再び走る。ああブラジル人だから英語は不適切だったのかなと思ったのはもう少し走ってからだ。

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ベルトーネ小屋のエイド。水かと思ったら出てきた白い水(スポーツドリンク)があまりにまずくて一口で全部吐き出した。

15kmのベルトーネ小屋から次のエイド、ボナッティ小屋までの7kmは左手にモンブランやグランジョラスを眺めながら、フラット気味(といってもアップダウンあり)のトレイルを走れる楽しい区間のはずだ。私は最初の登りの疲労、そして転倒でけっこう滅入ってしまい、走れる区間であっても早くも歩いたり走ったりの繰り返し。まだ1/5しか走っていないのに疲労困憊。まだ時間に余裕はあるはず、セーフティーに。セーフティーに。

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22kmのボナッティ小屋。なぜ登りきった場所にあるのだ……(疲労)

この区間は水場が豊富で通りかかるたびに頭に水をかけたりして体を冷やした。上の写真からもわかるように天気が良すぎて、とにかく暑いのだ。日本の夏は8月末には収束してしまったが、こちらはザ・真夏日。僕が見たCCCのDVDでは吹雪いていたというのに、35度とかどういうこと!? そして湿度が低いので日本のように汗をかかない。この湿度の違いがのちに自分の認識を大きく狂わせることになるのだが、それはもう少し先の話である。

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アルヌーバのエイド、ここは広くて座って休める場所もあった。ただテント内は蒸し暑くてたまらん。

16:30という関門時間が設定されていた27km地点、Arnuvaのエイドには余裕をもって到着することができた。走れればもう少し楽だったと思うが、早くも余裕がない、コテンパテン状態だ。

ここから先はグラン・コル・フェレへの長い登りがまっている。水分補給、ジェルやベスパも補給して万全の体制で臨む。関門時間1時間前にエイドを出発した。

つづく

CCC / UTMB 2015 その3

ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(Ultra-Trail du Mont-Blanc® / UTMB)の後半101kmを走るCCCというレースに参加してきました。これから数回にわたって、レースのことや現地シャモニーでのことなどを振り返りたいと思う。今回は3回目。
前回はこちらから

レース前日である。
昨日の観光気分とは少し違う雰囲気である。

街からすぐそばメルヘンなカフェへ

運動するべきなんだろうか。よく考えたら、7月のおんたけウルトラトレイル以来トレイルへ行く時間が取れなかった。
「せっかくだから散歩でもするか」
無理のない範囲で歩くことにした。

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シャモニーの街を少し抜けるとこのトレイルだ。

向かうことにしたのは「ラ・フローリア」という小屋までの道。
比較的やさしく、小屋がとても綺麗だという。

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トレイルへ向かうと、さっそく駆け上がっていくランナーが複数。
明日はUTMBかCCCなのだろうか。ああいうのを見ると焦らないこともないが、こちらは長ズボンに一眼レフをぶら下げている。はしるのは無理だ。ゆっくり歩くしかない。

シャモニーから300メートルほど上昇すると「ラ・フローリア」に到着する。
山を抜けると一面がお花に包まれた異空間にやってきたようだ。

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小屋の入り口。ファンタジー。

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テラスに腰掛け山々を望む。ファンタジー。

少し汗をかいたので、テラスに腰掛けペリエをもらう。
お客さんは僕のほかにおばあさんが一人いただけだった。
小屋のおじいさんは優しい日本語で話しかけてくれる。僕の腕についた選手登録のブレスレットを見て「ここはUTMBのコースだ」と教えてくれた。
この花の綺麗な小屋の前を走る、つまりシャモニーへ向かう最後の道が今日歩いた道ということか。シャモニーに戻るときはゴールへのイメージを刻みながらゆっくり歩いた。

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2日後、この朝の散歩が最終局面で大きな精神的余裕を与えることになるとは思ってもいないのだった。

街に戻ってからはお土産の買い物を中心にすごす。TDSのゴールが佳境を迎えていた。日本人の方もちらほらいらっしゃったので「ナイスラン」と声をかける。TDSは非常に難度が高いと聞く。すばらしいフィニッシュだ。
TDSが終わると、OCCという昨年からはじまったショートレース(50km程度か)のフィニッシュが続々と。こちらは今朝スタートのようだ。

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夕食前に訪れたサロンのそばにあったオーガニックレストランではスコット・ジュレクがトークショーを開いていた。思わぬレジェンドの遭遇、これがシャモニーか!などと興奮。

レース前は日本食で力をつける

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夕食は和食レストラン「さつき」で。
メニューも店員さんも日本語で少しホッとする。現地のチーズ中心の食事にも飽きてきたのでいいアクセントになった。

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メニューに「おにぎり」があったので、朝ごはんにするためテイクアウトすることにした。これで当日もごはんを食べることができる。日本と同じかたちでレースに臨むことができそうだ。

前夜、装備の最終チェック

夜寝る前、最後の一度装備の最終確認。
これが最後、忘れ物はないか。慎重にチェック。

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ザックはAnswer4のFOCUS Ultra。これに全部収納可能。ただし、上の写真にはないが渡欧直前にゴールで着替えることになった。その着替えが加わったためザックに全部おさまらなくなったので、急遽ウエストバックを追加することになった。通常であればAnswe4のザックにすべて収納できた。最初は600mlのボトルを2本容易していたのだが、気温が35度で2リットル用意しろと言われていたので750mlのボトルを2本現地購入。これでも足りないのだが……。

補給はすべてジェル、これでは個数が足りないのだが、まぁあとは流れで。

準備の仕上げはこれ。
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コースのタトゥーシール。関門時間ギリギリの展開が予想される僕にはこのシールにある関門時間がわかれば十分だ。

これで準備はおしまい。

当日はクールマイユールへのバスが早い。早めに部屋の電気を消した。

つづく。